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救われぬ存在意義



見回しても、周りは見慣れない装飾品で一杯だ。如何にも洋風な一室に押し込まれるのは、とても落ち着かない。

たまたま鉢合わせたイリヤスフィールに、彼女の根城まで連れ去られた。所謂誘拐というやつだ。まさか人生のうちにこんなことを経験するとは思わなかった。それを言い出したら、この聖杯戦争で起きている出来事のほぼ全てが当てはまるから、今更といえば今更だが。イリヤスフィールがこの部屋から去った時には、内心胸を撫で下ろしたものだ。目を覚ましたら自分の上に女の子が座っていた、なんて冗談じゃない。

連れ去られたまさにその瞬間、自分の頭を支配したのは「土御門たちの昼飯抜きになってしまったな」ということ。我ながら緊張感がないと思うが、思ってしまったことは思ってしまったこと、仕方がない。
こんならしくもない事をしでかした原因は、昨晩、土御門から家に帰ると告げられたことだろう。ああ、彼女を巻き込まなくて良くなるという安堵の気持ちと、このままどこにも行かないで欲しい、という我儘極まりない感情で頭がぐらりと揺さぶられた。
昼飯を食べていけ、と半ば無理やり押し切ったのは無意識のこと。それをやったところで彼女はここに留まるはずはないのに、俺は一体何がしたかったんだ。自問自答を何度繰り返しても、明確な答えは全く得られないままだ。


手の縄を解くことには成功した。結構簡単に解けたということは、イリヤスフィールはそこまで本気でここにいさせようとはしていない、そういうことなのか。逃げ出す俺を餌にして遠坂たちを叩く算段なのか。つらつらと考え事を続行しながら、後ろにまわっていた右手を体の正面に持ってこようとして、強かに椅子にぶつけ、その痛みによって悶々とした思考の無限ループから解放された。頭の中が晴れて、意識がクリアになる。
そういえば、アインツベルン城に閉じ止められてから何時間経っただろうか。
ここから逃げようか、というか逃げてしまって大丈夫なのかと考え始めてからかなりの時間を浪費してしまった気がする。この部屋には時計がないから、具体的に何時間経ったかわからないのは、ある意味救いだった。目の前に時計を置かれて、じりじりと焦らされるよりはよっぽどマシだ。

よし、出よう。ここにじっとしているのは、なんか違う気がする。



ぱん、と軽く頬を叩いた丁度そのタイミングで、ガチャリとドアノブがゆっくりと回る。しまった、と瞬く間に思考回路が凍りついた。城の人間が入ってくるのかもしれない。さっき部屋にいたイリヤスフィールやメイドのふたりとかだったら、物凄くまずい。この、逃げ出そうとしているかのような縄を外した状態を見られるのは危険だ。どこからどう見ても、誰から見ても逃げ出そうとしているようにしか見えない。まあ当たり前だ、逃げようとしているんだから。

とりあえず、先手必勝。その漢字4文字が頭の中に浮かぶ。こちらのアドバンテージなんて何もない。相手は俺がここにいるのは周知の事実だろうし、向こうの方が逃げ場も多い。どう考えてもこちらが不利だ。敢えて言うなれば、反撃しようという意思が知られていないことが不幸中の幸いというべきか。それでもイリヤスフィールには筒抜けな気がするのは気の所為じゃないと思う。
だから、自分が勝つ勝算なんて頭からすっぽりと抜け落ちていた。つまり、お互いに何をしようとしているのかわからない状態なら、

「う、わ……!?」

一秒でも早く手を出した方が(ほんの数秒だけの細やかな)主導権を握ることができる。まるで映画でも見ているかのようにスローモーションに見える、開くドアと僅かに見えた細い手首。丁度死角になるようなドアの真横にしゃがんでいた俺は、その体制のま侵入者の手首を掴んで思い切り下に引っ張り、

体制を崩した「彼女」に上からのしかかった。

どさり、と。顔すらわからない侵入者を無我夢中で床に押さえつける。本能的に対処したのだろうか、自分が自分じゃないかのように、びっくりするくらいスムーズに身体が動いた。何をしたのかよくわからないけど、成功はしたらしい。気づけば。

「衛宮、くん?」

気づけば、ほんのちょっと顔をしかめた土御門の顔が、目の前数センチメートル先にあった。恐らく全身を床に打ち付けた痛みで、若干涙目になった土御門と視線がかち合ったそのとき、かちりと頭の中で何かがはまった音がした。ふわふわした頭の中が鮮明になっていく。ただ理解できるのは、俺が掴んでるのは土御門のあったかい手だってことだけ。頭に血がのぼる。よくよく考えるまでもない。これって、もしかしなくても俺が土御門を押し倒してるって状況になるんじゃないだろうか。何やってるんだこんな状況に俺は……!

「え、みやくん、痛いから離してくれないかな、なんて」
「あ、わ、悪い、土御門!」

わたわたと慌てながら腕に力を込めて立ち上がろうとする。ぴったりくっついていた身体が数センチメートル離れたその時、土御門の表情がピシリと凍りついたのが、ありありとわかった。
痛みに顔を歪めていた彼女はもう居ない。仮面をすげ替えたかのように真剣な表情になった土御門は、あろうことか俺の首に腕を回してきた。

「ごめん、やっぱ動かない方が良いかも。誰かが来た。奴ら、ちょっとの物音でもすぐ気付くから、動かないのが一番だよ」
「な……」

回された腕は、心なしか先ほどより固い印象を受ける。緊張のせいだろうか。さっき数センチメートル離れた身体は再びぴったりくっついて、フルスピードで走る心臓の音は、どちらのものかすら判別がつかない。一体この緊張感はどこから来ているのか。目をくるくると回している俺とは対照的に、土御門は回している手に、きゅっと力を込めた。


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