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「#幼馴染」のBL小説を読む
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幕間




昨日の夜、衛宮くんの様子が途轍も無く変だった。普段の彼なら夢見が悪かったくらいで、あんなにも取り乱したりはしないだろう、というのが私の見解だったのだけど。そんな衛宮くんが血相を変えるほどリアリティ溢れた夢だったのだろうか。まあ、聞いてみなくちゃ、そんなのわからない。

朝、早めに起きて居間に顔を出すと、衛宮くんが朝ごはんを作っている所だった。そっと様子を見たけど、全くもっていつも通りでホッとする。いつぞやの時みたいに後ろから朝ごはんの支度を覗き込んでいると、気が付いた衛宮くんが「土御門、おはよう」と、とって付けたような笑みを浮かべながら挨拶してきた。その様子から、昨日のことが嘘じゃないことが再認識される。やっぱり衛宮くん、ちょっと引きずってるみたいだ。

そのまま当たり障りのない会話を交わしてから、今日の予定を聞く。さすがに昨日のことは掘り返すことが出来なかった。
つまみ食いさせてもらった卵焼きを咀嚼しながら話を聞いていると、折角だから昼飯食べて行けよと昨晩のような顔で言われるものだから、結局衛宮くんに押し切られた。昨日の今日で彼のことも心配だし、仕方ないか、と思ってお昼までいることにしたのだけれど。

何故か今いるのは、衛宮邸の固定電話の前。ちなみに時刻は一時ちょっと過ぎ。うん、昼ごはんの時間などとっくに過ぎている。別に昼ごはんが遅いから文句を言おうってことじゃない。何が言いたいかっていうと、昼ごはんの材料を買いに行った割には帰りが遅過ぎるってことだ。
衛宮くんがセイバーを連れてお昼ご飯の買い物に行ったのはかれこれ数時間前のこと。商店街で買い物しているなら、こんなに帰りが遅いはずはないのだけれど。

もしかしたら、遠坂のところに行ってるかもしれない。そう考えると、いても立ってもいられなかった。とにかく一か八か、彼女のところに電話してみよう。いなかった時のことはその時に考えればいい。やけに大きく聞こえる心音をBGMにしながら、恐る恐る受話器を手に取る。
頭の中に蘇るのは、昨晩の今にも泣きそうで、心の底から息を深くついた姿。途端に動悸が激しくなって、頭を振ることで精神を落ち着ける。規則的なコール音が、今だけ子守唄のようだった。

「もしもし?」
「ねえ遠坂。私、牡丹だけど、そっちに衛宮くん、いないかな?」
「士郎なら、今日は会ってないけど。待って、何かあったの?受話器越しでもわかるわよ、焦ってるの」
「衛宮くんが、どっか行っちゃった、それだけ。昼ごはん作るとか言ってたのに、全然帰って来ないから。遠坂、どっか心当たりは?」
「わからない。少し待ってて。私もアーチャー連れて直ぐにそっちに行くわ」
「了解」

一気に重力が働いたかのように、勢いよく受話器を戻す。遠坂のところにはいなかった。衛宮くんは約束はあまり破りそうな人には見えないから、何か想定外のことが起こったと見るのが妥当だろう。持ち運び出来る電話とかあれば良かったのに、とないものねだりをしていても仕方ない。遠坂がここに来るまでに出来ること、やっておかないと。



「ごめん遅くなって……ってちょっと、貴女何してたの?顔は真っ青だし唇切れてるわよ」
「や、予想外過ぎてちょっと気が動転しちゃったかも。あとお腹すいた」
「あのねえ……」

やっと来た。ずっと待ってた彼女が、やっと。
部屋に入りながら、ほとほと呆れ果てた様子で遠坂が眉を寄せる。本当は衛宮くんを探そうと探知の魔術を発動させた瞬間に逆探知と反撃が帰ってきて、慌てて捜索を打ち切った結果だという深い深い事情があるのだけれど黙っとく。こういうことには聡い遠坂だから、あっちもわかっているだろうけど、わざわざ口には出さない。うん、彼女のこういうところが、私はすごく好きなのだ。

「ね、遠坂。郊外に森があるでしょ?あれって」
「アインツベルンの城がある所よ。バーサーカーのマスター、イリヤスフィールの根城。もしかして貴女、まさか」
「うん。あっちだと思う。詳しいことはわかんないけど、近くに行けば何と無くわかるはず」
「やられたわ。行くわよアーチャー。本当、あいつってば手がかかるんだから」

うん、ここまでの展開は予想通り。あれほど衛宮くんを気にかけていた以上、遠坂は必ず彼を救出しに行くはず。私にとっての問題はここからだ。
昨日まで私はこの聖杯戦争には関わらないつもりだった。遠坂たちと手を組んだのだって自分の身を守るため、それだけだ。その私が、そもそもサーヴァントさえも連れていない私が、そのイリヤスフィールとやらの城に行って何が出来るだろう。そのマスターもセイバーに襲われるリスクを考えた上で、衛宮くんを攫うことの方に重点を置いたのだろう。そんな自信満々の奴の所に行って何をする気なんだろう、私は。

それでも、やっぱり脳裏に浮かんだのは今にも泣きそうな彼の顔で。
ああ、と。衛宮くんに負かされちゃったなぁって心の底から思った。
あんな顔されちゃったら、忘れることなんてできないじゃないか。昨晩の姿がフラッシュバックする。よかった、なんて深く深く息をついた姿とか、存在を確かめるかのように掴まれた感触だとか、そういうのを思い出してしまうと、困る。

「遠坂、私も行くよ」
「そう言うと思った。いいえ、私は反対よ。サーヴァントすら連れていない貴女を同伴させるなんて、足手まとい以外の何物でもないわ」
「そうかな。いくらアーチャーと遠坂だからってお城の中を探すのは骨が折れると思うのだけど。こういうのに慣れてる私なら一番上手く衛宮くんを探し当てることが出来るよ」
「それは」
「わかるよね。こういう時こそ私という存在を生かすべきだよ。手駒に出来るものは最大限に利用しなくちゃ。私の身を案じるなんて、遠坂は甘すぎる」

そうだ。遠坂は魔術師としては相当な素質を持ってるけど、どこか非情になれない部分がある。衛宮くんに一から聖杯戦争の事を教えてあげてることもそう。私をここに置くと決めた時もそう。彼女はある程度の人間に対してはどこか態度が軟化するのだ。
遠坂にとって私は「ビジネスパートナー」なのだから。別に私がいなくなったところで彼女に支障は出ないだろう。遠坂ほどの家なら、私以外にも宝石を手に入れるようなコネクションなんて他にあるはず。もはや顔馴染みとなってしまった私を、ここまでずっと取り引きの相手にしてくれたのはきっと、彼女なりの優しさだ。
ビジネスパートナーなんて、いついなくなるのかもわからないのに。私が仕事でしくじってしまったらいなくなるのに。それでも遠坂はいつも笑って家に入れてくれたんだ。待ってたわ、なんてちょっとだけ眉を寄せて言われても。そんなの駄目だ。もし私がいなくなったら「ああ、便利な取り引き相手がいなくなっちゃった」、もし遠坂がいなくなったら「面倒だけど、新しい買い手を探さなくちゃ」って言えるくらいの関係がベストだったのに。多少なりとも聖杯戦争に介入しよう、なんて。そんなの思ってしまう私だって、どうかしてる。

「仕方ないわね、今回だけよ」
「凛、だが彼女は」
「本当、仕方ないのよ。ならアーチャー、貴方はあの子を言いくるめることが出来る?ここに置いて行ったところで、後からついてくるのがオチよ」

遠坂の見立ては間違っちゃいない。私は断られたってついていくつもりだった。だから、そうやって後をつけられるくらいなら最初から自分の目の届く範囲に置いておこうっていうのが遠坂の考えなのだろう。
渋い顔して沈黙を守っていたアーチャーが口を挟み出したってことは相当気に食わなかったに違いない。眉間に寄った皺が、会話を重ねるごとに深くなる。

「……君はいつか痛い目に遭うぞ、土御門牡丹」
「そんなの、百も承知だよ。痛い目になんて、もうあってしまったんだし」

やれやれとでも言いたげな遠坂の横に控える、これまた何を考えているのかわからないアーチャーの視線がぐさりと刺さる。この内面をも見透かされているような目を向けられるのは二度目だ。最初は寝れなくて縁側に出た夜。満身創痍なのも、ランサーに出会ったことすらも見抜かれたあの深夜。向けられてる感情とかは全然違うにも関わらず、なんだか衛宮くんに似てるかもしれないな、なんて。すたすたと歩く遠坂の背に目線を変えながら。そんな、あるはずもない馬鹿な事を考えた。


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