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「#幼馴染」のBL小説を読む
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誰が為に救いを求める



意識が浮上する。

がばっと跳ね起きると、そこは自室の布団の中だった。背中を伝う嫌な汗、呼吸も荒い。布団がめくれ、外気に晒される肌。喉はカラカラに乾いていて、酷く寒い。嫌な予感がする。
何だこれ。ぐしゃりと髪を掻き上げる。今のは何なんだ。あの後どうなった。遠坂とセイバーは、アーチャーは、バーサーカーは、イリヤスフィールは。いや、それよりも、いったい土御門はどうなったんだ。
ぞくり、と全身が強張る。俺はあのまま、のこのこと家まで戻ってきたのか。土御門を置き去りにして、後始末だけ無責任に任せて。そんなのって、ない。絶対に認めない。
だってあの時決めたんだ。俺がなりたいものは、そんなのじゃない。あの時見た背中は、何を語っていたのか。俺が背負うと決めたものは、こんなものじゃなかったはずだ。
そう、だから、俺がこのまま進み続けるには、こんな所であいつを失うわけにはいかない……!

「っ!」

気付けば部屋から飛び出していた。無我夢中で廊下を駆け抜け、向かった先は土御門が泊まっていたであろう和室。電気はついていない。こんな時間に女の子の部屋に行くのは非常識だとか、そもそも勝手に入るのはどうなのかとか、そんなものは体から綺麗さっぱりと抜け落ちていた。躊躇することなくがらりと音を立てて中に入る。
丁寧に敷いてある布団、机の上に置かれている物は元からあった調度品以外なにもなく、あるとすれば遠坂が土御門のために持ってきた着替え類が入っている荷物。そこにあるのは、生活感のない、ただの部屋。

誰も、いない。

勿論、どこに行ったか、なんて思い返さなくたって判る。

背中をひやりとした物が滑り落ち、かくりと膝が折れる。心臓が壊れてしまいそうだ。胸の奥から何かどす黒いものが、ごぼり、と音を立てて零れる。
気持ちが悪い。吐きそうだ。ひゅう、と喉が鳴る。絞り出そうとした声すら、出すことが出来ない。ぽたり、と床に吸い込まれていく水滴をぼんやりと眺める。

暫くそうしたまま呆然としていると、床の軋む音に気付いた。きっとセイバーが起き出してきたのだろう。そりゃあ、流石にあんな風にドタドタと走っていたら、嫌でも気付くだろう。
こんな情けない姿なんて、見せられない。頬を思いっきり引っ叩く。平常心、平常心。
喉の奥までせり上がってきた感情を無理矢理飲み込む。力の抜けた四肢をどうにか動かして、ふらふらと立ち上がる。そして、言い訳すべくゆっくり振り向くのと、彼女が部屋の前で立ち止まるのは同時だった。



「えっと。夜中にどうしたのかな、衛宮くん?」

ごくりと空気を呑んでしまって咽る。目の前で、心底不思議そうにこちらを見つめていたのは、紛うことなき土御門だった。
何か言おうにも、口の中は乾燥していて、音を発することすらままならない。

「土御門……」
「何かあったのかな、衛宮くん?すっごい焦った顔してたよ」
「……良かった」
「え?」
「無事で、良かった」

土御門の肩に両手を置いて、心の底から安堵の息をつく。わけがわからない、といった様子の土御門だが、今はそれに構っている精神的余裕なんて、ない。
でも、何故土御門がここにいるんだ。いるはずはないとわかっていても、目の前に存在しているのは確かに土御門で、しかもこうして触れることも出来て。絶対に幻覚なんかじゃない。もし仮にバーサーカーから逃げることが出来たとしても、無傷では済まないはずなのだ。そんなこと、出来るとは到底思えないけど。
ちょっと塀のあたりで黄昏てたら、いきなり衛宮くんが飛び出してくるから。びっくりしちゃったよ、と言う土御門を何度見ても、傷なんてない。いくら彼女でもバーサーカーを相手にしたら、生きて帰ることすら不可能だと思うのに。土御門はこの場で何事もなかったかのように佇んでいる。

「なあ土御門、あいつはどうなった!?」
「うん?えっと、あいつって誰のことかな?」
「だから、さっきの……」

さっきのあいつ、と口に出そうとして、硬直した。わからない。つい数分前のことが思い出せない。遠坂がいて、アーチャー、セイバーがいて、土御門がいたのは記憶に根強く残っているにも関わらず、そこでなにをしていたのかが全くもって思い出せない。
深く刻み込まれているのは、遠ざかる土御門の姿と、とびっきりの笑顔と。

『衛宮くん、信じてるよ』

あの言葉だけだ。あの後どうなったのか。土御門は―――とも―――向かって行ったことしかわからない。そして結局、―――なかった。だって土御門は―――まったのだから。

鈍い痛みが頭を駆け巡る。これ以上の記憶は引き出せない。何だか、自分ではないみたいだ。他人の頭の中を覗いてしまったかのような気分。

これは夢だ。夢なんだ。実際に土御門は生きているし、自身の疲労度を鑑みても何処かへ出かけて行ったとは考えられない。更に、時刻はまだ日付をちょっと過ぎたくらいだ。風呂から上がったのが日付を跨ぐ一時間前くらいだから、そんなに時間もたっていない。
そう、だから今迄のは夢だ。ただの縁起でもない、酷い夢だったんだ。

「あの。衛宮くん、大丈夫?気分でも悪いのかな?」
「いや。とんでもなく嫌な夢を、見たんだ」

言葉にすることで、自分自身にも強引に納得させる。あれは悪い夢だった。ただの、夢だったんだ。それにしては現実味溢れるものだったのは引っかかるけど。

「怖い夢?」
「―――いちばん、見たくない夢だった」

土御門は夢、と何度か繰り返し唱えながら暫し思案に更け、ほんの少しだけ口角を上げて見上げてきた。

「優しい君がそんな顔をするんだから、誰かが死んじゃった夢とかかもね」
「う、あ」
「―――私、とか」

ギチギチと何かがずれる音がする。
何も、思い出せない。それでも、結局あれで「俺」が目の前の彼女を失ってしまったのだけは、痛いほど心に残っている。
だから。冗談めかして淡く笑う土御門の言葉が、図星過ぎて否定出来ない。

「あ、当たってたかな?結構当てずっぽうに言ったんだけど」
「土御門」
「ごめんね。大丈夫だよ。衛宮くん、私はここにいるよ。うん、大丈夫だから」

まるで幼子をあやすかのように、頭をぽんぽん、と撫でられる。途端に童心に戻ったかのように感情の波が落ち着けられる。背丈は俺の方が若干高いから背伸びをしてこちらに手を伸ばす土御門を不謹慎にも微笑ましく思った。
落ち着くように、お茶でも飲みに行こっか。そう言って割れ物を扱うように手を取られ、ふらつきながら歩き出す。
触れ合っている手だけが燃えるように熱い。力を込めてみると、やんわりと握り返してくる感触に、何だか無性に泣きたくなった。

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