ぶるり、と身震いする。 一日経った今、思い出しても怖い。あの赤い瞳に射抜かれた時、時が止まった気がした。 「次に俺に会うまで、誰にも殺されてくれるなよ!」と、言われたあの時に瞬時に悟った。もとよりサーヴァントに勝とうとは思わないけど、私、あいつには勝つことは勿論、逃げることもままならないまま、絶対に死んでしまう。 「ランサー、かあ。遭遇しちゃったことだけは本当に失敗だったなあ。アーチャーにはそのこと、暴露ちゃってるし」 ランサーはここを襲撃するつもりは全くなかったみたいだから、衛宮くんたちには秘密にしてしまったけど。このことをうっかり言ってしまいでもしたら、衛宮くんも(もう家に帰り着いているであろう)遠坂も、このままこんな関係を続けそうだ。うん、遠坂も根はお人よしだから、そうするに違いない。アーチャー、遠坂に黙っていてくれるだろうか。 でも。ランサーのマスターの正体もさることながら、あのアーチャーはいったいどこの誰なんだろう。あの口ぶりは、本当に。私のことを、知っているかのような。 「あれ。土御門、まだ起きてたんだ」 「あ、うん。ちょっと寝付けなくって」 特にやることもないから、つらつらと考え事をして、ぼんやりとテレビとにらめっこしていると、頭にタオルを乗っけた衛宮くんが居間に顔を出してきた。わしゃわしゃと思い切り髪を拭きながら入ってくる。後ろめたいことなんてないのに、なんとなく顔を合わせるのが気まずくて、すぐに視線をニュースキャスターのお姉さんに向ける。湯上がりの衛宮くん見てこんなこと思うとか、女の子的思考を隠し持っている遠坂じゃあるまいし。 横目でそっと盗み見する。もうちょっと優しく髪を拭けば良いのに、とか思いながらもそれを口に出したり行動に出したりは出来ない。 「もう体調は大丈夫なのか?」 「うん、もう万全だよ。今までありがとうね、衛宮くん」 「土御門、何でそんな言い方をするんだ?別に明日から離れるわけでもないだろ?」 やっぱり、と少し息を吐く。衛宮くんはあくまでも、私をこの屋敷においておくつもりらしい。 きっと昼の時点で遠坂も気付いていただろうに、何で言っておいてくれないのかな。にやにやと人の不幸を楽しむような学校のアイドルの顔が浮かんできて、すぐさま打ち消す。決めた。明日絶対に仕返ししてやる。 「ううん。そういうことだよ。私は明日になったら家に帰る。たくさんお世話になりました、本当にありがとう」 「え、何でそんな急に」 「何でって言われても。忘れちゃったかな?私は『ライダーから襲われた時のために』衛宮くんたちと協力関係を敷いたんだよ。ライダーが消滅し、サーヴァントに襲われる心配はなくなった。その上ダメージが回復した以上、私がここにいる理由はないから」 「あ……」 ランサーには暴露ちゃってるけど大丈夫、うん大丈夫。心の中で自分に言い聞かせる。だってこれ以上衛宮くんたちに頼るなんて申し訳なくて出来ない。自分たちが生きるのに精一杯であるはずなのに、私という重荷を負わせたくなんか、ない。 交換条件の中身を思い出したのか、愕然としたような衛宮くんの目がこちらを見つめている。そう、だから私の口から言いたくなかった。悪いことをしていないのに、私が悪いみたいな錯覚に襲われるような、この表情を見たくないから。 「勿論、私がここにいたことへの対価が足りないってことだったら、要求次第でこちらから何かを提供させてもらうけど、大丈夫?」 「別に、土御門にここに泊まってもらったのは俺の我儘だ。そんな不満とかあるわけないだろ。第一、土御門は色々協力してくれたじゃないか」 「そっか。満足してくれたならそれで良いよ」 うん、それで良いんだ。戦略的な面なら考える余地はあるのかもしれないけれど、衛宮くんの気持ちの問題ならば私が気にする必要なんて、ない。 私はいつもの生活に戻るだけ。雇われれば聖杯戦争に参加することも考えなくはないけど、私は遠坂が自分の力で聖杯戦争に勝つのを見届けると決めていたから。なのに何故、こんなにも迷っているのだろう。 「明日、か」 「うん、明日だよ」 何とも言えない、絶対に納得していない、色々な感情がごちゃ混ぜになった衛宮くんの顔が見てられない。まるで、鏡の向こうの自分を見ているかのようで。私もきっと、あんな顔をしているんだと思うと、情けなくって仕方がない。 もう、部屋に戻ろうと立ち上がると、そのまま視線がこちらを追いかけてくる。 「おやすみなさい」 「……ああ。おやすみ、土御門」 目線を合わせることも出来ず、逃げるように部屋を立ち去っても、気分は晴れることもなく。足の下、ほんの少しだけ軋む床から感じられる冷気が、一層気分を急降下させた。 [*前] | [次#] [戻る] |