俺もセイバーも、勿論土御門も、そんなに騒がしい方ではない。だから食事時に静かでも違和感はないはずなのだが。 何故か少々気まずい朝飯を終えたら、タイミングを図ったかのように遠坂が家に来た。玄関先で止めたけれども堂々と上がってくるものだから諦める。もう、どうにでもなれ。 で、皿を片付ける俺をよそに、遠坂は土御門と話をし始めた。これからの聖杯戦争についての報告会兼作戦会議は、片付けが終わった後にしてくれるらしい。 「うーん。礼装、壊しちゃったからなぁ」 「礼装?」 けど。ここまで聞こえてくる会話は、俺が聞いていても良いものなのか。皿を洗っていても身体中の神経はそっちに向いてるような気がしてならない。本当に、気になるものは気になる。 「うん。今までかけてた、あの眼鏡のこと。他人の意識から自分を排除するってやつ。だからさ、私本人を見たら『土御門牡丹』ってわかるけれど、私がその場に存在しなかったら、自発的に思い出されることはないっていう」 何だそれは。反射的に振り返ってしまったが、二人とも気付いてはいないようだ。良くわからなかったから頭の中で再構築してみる。つまり、土御門は自分という存在をあまり他人の中に残さないようにしていたということか。それはある意味、魔術師としては悪くないことだろう。何が起こるかわからないから他人との関わりを絶っておこうと思っても、学校生活では無理に等しい。中々理にかなっていなくもないものだ。多分。 それは結局、魔術師であるが故に万が一のことを考えて、クラスメイトとの接触を最小限に抑えていたということになる。土御門の場合はもしかすると、職業柄とか言うかもしれない。 「何か……相変わらず中途半端なのね。前からそういうのを作るの、そんなに得意じゃなかったでしょ?」 「うん、まあ。特にこれは初めて成功したのだから、だいぶ昔のだし、出来もそんなに良くなかったかな。効力なくなっちゃったから片付けちゃったけど」 からからと気にしていないように、気持ちよく笑い飛ばす土御門を直視することが出来なくて目を逸らす。初めて成功したものだった、というフレーズがずしんと心にきた。それは土御門にとっては思い出の品で、それを俺が(ぶつかったことにより)壊してしまったということになるのか。不可抗力だし、土御門は気にしないで良いと言ってくれてはいるが。改めて考えると、やはり申し訳なくなる。俺が意図的にぶつかろうとしたわけでは無いのだから、お互いの前方不注意が原因なんだろうけど。 でも、その話題をまた俺が口に出すのは違う気がする。一回謝ったのだから、もうそれで終わり、俺たちの中では完結している。ずっとこっちが気に病んでいたら、それこそ土御門の気遣いを無駄にすることになるのだ。 「そう、だから今になって慎二に目をつけられたのね」 「そゆこと。ま、正しくは間桐のご老体に遭遇しちゃったから、間桐くんの目に留まった、という感じかな。今までは上手く撒いてたんだけど、最近予想外に忙しくって」 間桐のご老体?と遠坂が首を捻る。俺には心当たりは無い。慎二の家には数回入ったことがあるが、そんな人いただろうか。頭の中で記憶を辿ってみるが、全く残っていないということは、俺はきっと会ったことが無いのだろう。 まあいっか、後からその話は詳しく聞かせてもらうから、と遠坂が先を促した。今の彼女には、間桐の家よりも眼鏡の方に興味があるらしい。それでも、この会話が終わった後から話を詳しく追及されるのだろうが。 「あの眼鏡がそんなお守りなんて知らなかった。綾子はかかってなかったみたいだし、個人差でもあったの?」 「そりゃあ、ある程度以上親しくなったら効き目なし。おまじないレベルの、それこそお守りみたいなものだし。なくて困るってことはないかな」 まあ一度そのまま学校行っちゃったし。と土御門が言葉を切った。一回行ってしまったから、もうどうにもならないのだろう。 じゃあ、と遠坂が弾んでいるかのような口調で質問を続ける。遠坂の探究心は留まる所を知らないようだ。 「私は知り合いだったから、ともかく。士郎に効かなかったってことは魔術師とかそういう人間には効かないってこと?なら、慎二は……」 そうか。遠坂は慎二が魔術師でないことの確証を得たかったのか。今回のことでマスター=魔術師でないこともあることがわかったし、確認をしておきたかったのかもしれない。それを聞いた土御門が、何でも無いことのように即答する。 「普通にどう見ても魔術師じゃないと思うよ。というか、遠坂には間桐くんが魔術師に見えるの?」 「別に。ただの確認よ。ところで貴女、このことを士郎に言った?」 びくっと背中が引きつった。二人の視線がこちらに向けられているのが嫌でも感じられる。気付かないふりをして皿洗いを続けるけど遠坂にはお見通しだろう。聡いあいつは、こういったことには敏感そうだ。 「え、眼鏡のこと?衛宮くん、こういうの結構気にしそうだし、言ってないよ」 「だってさ、士郎。私たちの話を聞いてるの、バレバレなんだからね」 「なっ、とっ、遠坂っ!?」 驚きで咳き込みながら二人の方に振り向く。遠坂はにやにやと人の悪そうな笑みを浮かべ、土御門は悪戯が露見した子供のように舌を出していた。 手にしていたスポンジが手から滑り落ちる。左手に皿を持っていないのは幸いだったと思う。割らなくて良かった。 とにかく、女の子の話を盗み聞きするなんていただけないわね、なんて言う苛めっ子には敵わないということを痛感した。後から居間にやってきたセイバーに不思議そうな顔をされたから、その時の俺はかなり酷い顔をしていたに違いない。 おかげでその後の作戦会議も身が入らなかったのだからもう、修行不足だと自分を叱咤する他なかった。 [*前] | [次#] [戻る] |