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生ける者には自由の意志を





出来たばかりの味噌汁を小皿に少しだけ入れて、味見してみる。うん、今日のは中々良い出来だ。味噌汁の味付けが上手くいって満足している所で、土御門がひょいと横から覗き込んできた。物珍しそうに鍋を見つめる。

「誰かが作ってくれた味噌汁なんて久しぶりだよ。ねえ衛宮くん、味見してみたいな」
「ん?いいぞ。ほら」
「ありがとう。おお、熱そー」

まだちょっと味噌汁が残っているから、と手にした小皿を差し出せば、嬉しそうに顔を綻ばせながら土御門が受け取った。かなり熱いから気をつけろよと一応声を掛けてから、ふーふーと息を吹きかけて味噌汁を覚ましている土御門を眺める。
こういう朝の支度も悪くない。一緒に台所に立つのも良いけど、純粋にこうやって出来上がった味を確かめてもらうだけであるのも、途中途中の頑張り甲斐があって良いものだ。隠し味をちょっとだけ変えてみたりして、感想を聞くのも楽しいかもしれない。

「あ、衛宮くん、笑った」
「え?」
「うん。私、君が学校で笑ったの、見たことないよ」
「そんなこと、」
「衛宮くんのそんな顔、初めて見た」

こくこくと喉を鳴らしながら味噌汁を飲み干して、美味しかったよと小皿を返し、土御門が見上げてきた。猫舌なのか、味噌汁を飲む前に冷ましている様子を見たり、人が作った味噌汁ってこんなに美味しそうなんだねってまじまじと呟くのを聞いたりしたら、頬くらい緩んだっておかしくない、けど。
でも、なんか釈然としない。土御門とは学校での関わりがそんなに無かったから、と言ってしまえばそれまでだが、俺だって流石に毎日無表情で過ごしているわけではないだろう。

「俺、いつもそんなに酷い顔、してたか?」
「そんなんじゃないよ。でも……まあ、いっか」
「?」

しょんぼりと眉を下げていたのが一変して、何かを思い出したように勢い良く顔をあげる。視線がかち合った。顔が近い。怪しまれないように半歩下がって距離をとる。こんな距離、心臓に悪いったらありゃしない。

「うん、衛宮くんのあんな表情を見る機会なんてそうそうないし。偶々良いもの見れたから良しってことにしとこうかな」

なんたってレアだからね、と俺の肩をぺちぺちと叩く。遠坂と美綴に自慢してみようかなと不穏な言葉が聞こえた気がしなくもないが、気にしないでおこう。
でもやっぱり、土御門はこの方が良いのだと思う。慎二と相対しているときの鋭い表情より、感情豊かに笑ったり落ち込んでみたり顔を綻ばせている方がずっと良い。俺には土御門の生きる世界のことはまだ良くわからないけど、それでも。

「なぁ、前から思ってたけどさ」
「うん、なに?」
「土御門も、そうやって無邪気に笑ってる方が良いぞ。その方が土御門らしい」

未だ肩を叩き続けていた土御門の手がピタリと止まった。あれ。変なこと言ったか、俺。思ったことをそのまま言っただけなんだけど。
伏せられた土御門の顔。すとん、と下ろされる手。しーんと静まり返る台所。
急に具合でも悪くなったのかと心配になって、慌てて顔を覗き込んでみる。

「土御門?」
「……っ、う、うん?」
「どうしたんだよ、顔が真っ赤だぞ」

熱でもあるんじゃないのかと思い、額に手を当てようとすると凄まじいバックステップで避けられた。その勢いのまま、土御門は壁に頭をぶつける。ごつん、と鈍い音がした。あれは相当痛いだろう。たんこぶになっていないと良いが。
頭をさすって唸りながら、よろよろと立ち上がる様子は昨日よりも危なっかしい。

「だ、大丈夫か?」
「う、ん」
「あ、まだ昨日の後遺症が残っていたりするのか?無理しなくても良いんだぞ」
「そ、そんなことないから大丈夫、かな」

いや、大丈夫そうに見えないから聞いているんだが。手で顔をパタパタと仰ぎながら、土御門がぎこちない笑みを浮かべる。

「でも。もしかして熱とかあるんじゃ」
「ないから。本当に大丈夫だから。私、ちょっと散歩してくるね、すぐ戻るから」

一歩近付こうとしたら、そのまま土御門は部屋を飛び出して行った。差し出そうとした手は空を切る。まあ良い、とにかく転ばないように気をつけてくれ、と心の中で呟き、台所に目を向ける。でも。

ご飯も炊けたし味噌汁も出来た状態で、魚も後は仕上げをするのみ。どう考えても、もう数分も経たないうちに朝飯の準備は終わる。というか、それを見越してたから味噌汁の味見をするとか言ってたんじゃ無かったのか。わかっていたのか、いなかったのかは知る術も無いが、このまま呼びに行くのはちょっと気まずい。

「セイバー起こして、あいつに呼びに行ってもらおう……」

うん、それが良い。良い考えだ。そうと決まれば早速、と火元を確認してセイバーの眠っている部屋まで行くことにした。

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