こういう時でも、いつもの習慣とは恐ろしいもので。目が覚めたのは普段とほぼ変わらぬ時刻だ。ゆるゆると身体を起こせば、ひんやりとした空気が一気に意識を覚醒させる。 「あ。朝飯、作らないと」 今日は三人分だ。土御門と俺とセイバーの分。 土御門は和食好きと遠坂が言っていたので、いつもの通りの食事で問題ないだろう。ここ数日のセイバーを見る限り、あいつもこれといった好き嫌いはなさそうだ。考える手間が省けて大変よろしい。とは言っても献立を考えるのは嫌いではないから、それはそれで何と無く物足りないのだが。 手っ取り早く着替えて布団を畳もうと腰を上げた時、落ち着いた足音が聞こえてきた。俺の部屋の前で立ち止まる。えらく早起きだ、一体誰だろう。 「えっと。おはよう衛宮くん、起きてる?」 「う、うううわ、土御門!?起きてるからちょっと待ってくれ!」 予想だにしなかった相手に度肝を抜かれ、みっともなく声が上ずった。てっきりセイバーかと思っていたのだ。土御門は夜中まで起きていたみたいだし、加えて俺の頭の中では「病み上がり」というイメージが払拭されていないから、まだ寝ているものと思い込んでいた。大慌てでばったんばったんと大きな物音を立てながら布団を片付けていると、けらけらと土御門の明るい笑い声。 なんか意外だ。声を上げて笑う土御門とか、あまり見たことがない。つくづく扉越しであることが悔やまれる。 「違うよ、そんなに焦らなくったって良いのに。流石に朝から男の子の寝室には入らないかなー、なんて」 「い、いや、そうじゃなくてだな!」 「まあいっか。それで、朝ご飯どうするのかの相談しにきたんだけど」 つまり、朝飯を作ろうとしたけれども俺に無断で勝手に台所を使うのは気が引けたらしい。そこまで気にかけることでは無いと思うのだが、今回に限っていえばそれは丁度良かった。昨日までふらふらでぶっ倒れたような人に、朝飯なんて危なっかしくて作らせれない。 いや、エプロンをして料理をする土御門も見てみたい気がするけど。というか是非見たい、けど。 「いや、俺が作るよ。土御門は休んでいてくれ。もう体調は大丈夫なのか?」 「そう?じゃあお願いしちゃおうかな。あ、身体に異常はないよ。打撲や擦り傷は日常茶飯事だから、たいしたことないし」 「日常茶飯事?土御門って、そんなに抜けてるのか」 「まさか。職業柄だよ、職業柄」 慣れてるからね、と茶化す土御門にとっては当たり前のことなのだろう。それを痛いほど実感して膨らんでいた気持ちがすっと冷えていく。 こうして普通の高校生のように笑っていても土御門は魔術師だということを再び思い知らされた気がした。きっと、サーヴァントとはいかないまでも、ああいう戦いの中に身を置くのは特別でも何でもないこと。寧ろ俺には、ライダーと戦う直前の土御門は、とんでもなく生き生きしているように思えたのだ。 例えば。遠坂と土御門は同じ魔術師という括りといえど、どこか違う側面を持っている。どう考えても正統な魔術師らしい魔術師といったら遠坂の方だ。魔術師になるべくして生まれ、その宿命を背負って育った遠坂凛。土御門の在り方は遠坂から見れば、どこか歪で危なっかしいものなのだろう。 土御門は、言わばお雇い魔術師、土御門風に言うと、ちょっとした傭兵。遠坂曰く、他の魔術師に雇われ、依頼された仕事をして報酬を貰う。それが土御門のライフスタイル。実際に仕事をしているのは見たことないが、ライダーとの一戦での戦いぶりやアーチャーとの会話で俺とは何か世界観みたいなものが違うことを悟った。土御門にとってはあれが日常。 「……っ」 頭の片隅がまた痛みを訴える。知り合ってほんの少ししか経っていないけれど。俺には、土御門が自分の存在意義を探しているように見える。昨夜藤ねぇが帰ってきた時に居間に現れたのも、自分も行くという意思表示だったのかもしれない。戦闘は自分の領分だから行きたい、という意思で。 もしかしたら土御門は、雇われて戦うというものしか、相手に必要とされる方法を知らないのではないか。自分がなぜ生きているのか、その答えを探し求めて、一番それが実感できたものをひたすら重ねてきた、それが今までの生き方だったとしたら。 そう思いあたった瞬間、くらりと眩暈がした。それって矛盾している。自分で自分の生き方を決めると豪語しておきながら、その根底では相手に必要とされることを望んでいるだなんて、そんなの。 「土御門、部屋で休んでいても良いぞ。朝飯の準備が出来たら呼びにいくから」 「ううん、私も居間に行く。衛宮くんが料理してるとこ、ちょっと興味があるし」 「別に良いけど、特に面白いことなんかないぞ」 「良いの良いの、私が見たいだけだよ」 でも、それを土御門本人に伝えることは出来なくて。いや、そもそも俺は土御門をここまで知るほど関わってはいない筈なのに、どうして急にこんなことを思いだしたのかすら定かではない。訳がわからない。アーチャーから一言投げかけられたあの瞬間から、俺の中の何かが狂っている。 部屋は片付いた。気持ちの整理はつかないが、居間に行くことにしようと戸を開く。冷たく清々しい空気が一気に入り込み、明るい青空が視界を掠め、目の前には目を見開いた土御門の顔。 「おはよう、土御門」 「あ、うん。おはよう衛宮くん」 行こうと声を掛ける。見慣れない私服を纏う姿、いつもとは違い結んでいる黒髪はさらさらと風に吹かれていた。昨日の様子が嘘のように、ふらつくことなくしっかりとした足取りで歩いている土御門が真横にいて。今は、たったそれだけのことで十分に満ち足りているのに、これ以上何を望むっていうのだろうか。一体全体、俺は土御門にどうして欲しいのだろう。 [*前] | [次#] [戻る] |