×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

夢枕に立つ




別に悪夢を見たわけじゃない。かと言って全然寝つけなかったわけでもなく。疲れていることも影響しているのか、普段より眠りに落ちるのが早かったのに、ふとした拍子に目が覚めた。
時計を確認しても、まだ布団に入ってから一時間もたっていない。なのにこの脱力感は何だ。やはり疲れているだけか。
周囲がふわふわしているような、変な感覚だ。気分が浮ついているのかもしれない。寝ようと目を瞑っても、身体は寝たいと叫んでいるのに、数秒後には瞼があいてしまう。寝れない。

寝たいのだが寝れないのだから仕方が無い。よし、と気合いを入れて立ち上がる。なんだか色々と矛盾している気がするが、とにかく気分を落ち着けないことには寝られない。寝れなかったら体力が回復しない。体力が回復しなかったら明日から動けない。動けないのは、困る。
うん、とりあえずこの行動は無意味じゃないことがわかった。だから台所へ向かうとしよう。水でも飲んで落ち着けば、また寝られる筈だ。

「風邪を引くぞ。こんな寒い所で何をやっている」

一歩踏み出すと、冷気と一緒に聞きたくもない声が離れた所から聞こえてきた。一瞬にして頭の回転が通常時のものに戻る。これはあのいけすかないサーヴァント、アーチャーだ。
勿論俺に向けられたものではない。そもそも、あいつが俺の心配なんかするもんか。としたら、他に話しかける相手がいる筈。この家には他に、土御門とセイバーしかいないのだが。

「あれ、アーチャー?」

どうやら、縁側に出ているのは土御門らしい。さっき部屋に連れ戻した筈なのに、性懲りも無くまた出てきたのか。言いたいことは沢山あるが、丁度その場にアーチャーがいるということを考えると、あまり出て行きたくない。

「大丈夫だよ。これ以上衛宮くんに迷惑かけたくないから、今度はきちんと厚着してきたし毛布も持ってきてる」
「少しでも長く睡眠を取り、できる限り体力を回復しなければならない。それくらい、君にもわかっているのだろう?」
「うん。でも、寝れないから」

当然のようにさっぱりと言い切られ、アーチャーが嘆息したのがわかった。

「では、多少なら無駄話にでも付き合おうか」
「優しいんだね、アーチャー」
「暫くしたら部屋に戻るのだろう?それまで見ておかないと、君はここで寝かねない」

つい先程まで縁側で寝ていた、という罪悪感でもあるのだろう。そんなことなんかしないとは言い切れないけど、と歯切れの悪い土御門の言葉が続く。
でも、これ以上聞くのは土御門に悪い。こちらは速やかに水を飲んで落ち着いて寝よう。全くもって不本意だが、アーチャーがついているのであれば無茶や無理はしないだろう。奴のせいで多少頭がすっきりしたとはいえ、まだくらくらする。睡眠を取らなければ俺が危ない。

お湯を沸かすにも時間がかかる。別に温かいお茶が飲みたいわけではなく、ただ変に浮ついた気分を静めたいだけなので、ひんやりとした水を一気に飲み干す。頭を軽く二、三回振ってから、ふと思い立った。
目が冴えているのに冷水を一気飲みしたら、余計に目が覚めて寝れなくなるんじゃないだろうか。やっぱり寝ぼけていたみたいだ。大間抜けにも程がある。

そう、過ぎ去ったことは仕方が無いことなのだ。本末転倒だが、この際、目が冴えて寝れないのはもう良い。布団に入って身体を横たえているだけでも休息は休息だ、問題なんかない。そうやって自分に思い込ませて、部屋に帰ろうとする、と。

聞くつもりはないのにここまで会話が届いてきた。あいつらのプライベートには干渉しまいと思う心とは裏腹に、耳は微かな物音さえも聞き逃さないくらいに音を拾ってくる。

「隠し事とは感心しないな。あくまで隠し通すつもりか?止めはしないがいずれ露見するぞ」
「アーチャーにはバレちゃってるか。でも、大まかな括りとしては使い魔じゃない?私は嘘ついてないよ」
「そうか。満身創痍の状態ですらしらを切るか」

なんか、離れているここでもわかるくらい、空気が凍りついていた。互いの腹を探り合っているかのような、刺すような視線を交わしている土御門とアーチャー。つい数分前はどこからどう見ても友好的な雰囲気だったのが一変して、敵を見定めるかのような状況になりつつある。
一歩も動けない。少しでも行動を起こしたら、あの視線がこちらに向けられると思うと足が床に貼りついて離れなくなってしまった。

アーチャーが呆れたように、そしてこうなることがわかっていた、とでもいうように肩を竦める。土御門は微動だにしない。

「一つ忠告だ。身体は大事にしておけ。後々後悔することになるぞ」
「ふぅん、面白いこと言うんだね。まるで、私がどうなるのか知っているみたい」

確信を持っているかの如き土御門の言い回しに、空間そのものが固まったような、そんな錯覚さえ覚えた。アーチャーが僅かに目を見開き、土御門はよろめきながらも立ち上がり、俺は予想外の言葉に、ここで彫刻と化している。

「では言い方を変えようか。君は少々無理をしすぎるきらいがある。少しでも身体へのダメージをなくすことを考えろ」

驚きも束の間、ふと目を細めたアーチャーが更に言い募る。

「カマかけるのは失敗だったかも」

土御門が言い捨て、不敵な笑みを浮かべる。ライダーと交戦したときの表情と同じだ。教室では欠片も見せたことのない、経験に裏付けされる自信に満ち溢れたような、その余裕。
足はぴくりとも動かない癖に、目だけは土御門に釘付けになっていた。その隙のない佇まいに、どこか脆い亀裂を感じたような、そんな気がして目を凝らす。

「もしかしたら、衛宮くんも大人になったら、こういう感じになっちゃうのかな。あの優しさがわかりにくくなるなんて、それはちょっと嫌だなあ」
「人の忠告は聞いておくべきだ。自分の身体のことくらい、わかっているのだろう?」
「うん、そうだね。でも、私は今の生き方を変えることは出来ないし、変えるべきじゃないの」

貴方に指図される筋合いなんてない。そう言い残して、帰り道に友達と別れるような気安さで、土御門はその場を後にする。相変わらずよろめきながら、それでも誰の手も借りようとせずにしっかりと床を踏みしめて。
その後ろ姿が見えなくなってやっと、大きく息をつくことができた。脳裏には土御門の姿が焼き付いている。緊張、していたのかもしれない。


「盗み聞きとは感心しないな、衛宮士郎」
「別に、偶々ここに居合わせただけだ」

アーチャーの鋭い視線がこちらを向く。相手はサーヴァントだ。ここにいることはとっくに暴露ていたのだろう。土御門に気付かれていなかったのは幸いだった。

「彼女から目を離さないことだ。貴様の手の届く範囲はほんの僅かと限られている」
「アーチャー?」
「二度は言わん」

こちらに目線を向け、意味深な言葉だけを残して、アーチャーは霊体化した。おそらく、遠坂のもとまで戻るのだろう。

目を離さないように?いや、もとより彼女を手離す気はない。だって土御門は俺が、この手で。

「つっ……!」

割れそうなほどの頭痛に襲われる。駄目だ、もう寝ないと。これ以上深く思い出そうとしたら、頭が割れてしまいそうだ。足取りは覚束なく、のろのろと布団まで戻る。

---彼女から目を離さないことだ。

意識が混濁の渦に巻き込まれる直前まで離れなかったのは、アーチャーの言葉だった。

- 18 -


[*前] | [次#]
[戻る]