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「#幼馴染」のBL小説を読む
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小さな僕の大きな世界





廊下の角を曲がったところで、月明かりにぼんやりと照らされた縁側に何かが転がっているのが見えた。
猫にしては大きすぎる。まさか。

「っ、あれ、こんなに寝るつもりじゃなかったんだけど」

その転がった人影から慌てたようなか細い声が聞こえてきた。そいつは寝返りを打とうとして、それすらも出来ずに元の体勢に戻る。

「な、にを……」

問いかけようとした声は喉に引っかかって上手く出てこなかった。
こんな真冬に縁側で寝るなんてどうかしている。

縁側に転がっているのは土御門だ。
我に返って彼女のもとに駆け寄り、気が付けば掠れ切った声で土御門の名を呼んでいた。

「土御門!大丈夫か!?」
「あ、衛宮くん。おかえりなさい」

毛布に包まりながら肩を縮こませる土御門は、触るのを躊躇うほど冷たくなっている。

「ただいま土御門、遅くなって悪い」

ほとんど反射的に返してから、言うべきことはこれではないと気がついた。

「怪我人が真冬にこんな所で寝るな」
「はぁい、ごめんなさい」

素直な返事は良いが、何のために縁側に転がっていたのか甚だ謎である。
言いたいことは山ほどあったが飲み込んだ。ひとまず暖を取るため、早急に部屋まで移動するべきだ。
立ちあがろうと膝を立てると、腕の中の土御門が小さく俺の服を引っ張り、気まずげな表情になった。

「今、ちょっと自力で立てなくて」
「立て、ない?」
「……衛宮くん、立たせてくれたら助かるなー、なんて」

暫く沈黙が下りる。
一呼吸置いた後、土御門は緩慢に身体を起こし、遠慮がちにこちらに手を伸ばしてきた。
どくどくどく、と不謹慎にもフルスピードで心臓が跳ねる。待て頼む落ちつけ、こんな時に俺は何考えてんだ。

「あ、ああ」

応えた声が少し震えた。格好もつかない。

土御門の腕をとって、ゆっくりと立ち上がらせる。なんとか両足で立ち上がると同時に、ぐらりとふらついたのを確認して、咄嗟に土御門を抱え上げる方向に切り替えた。力も満足に入らない状態のやつを歩かせられるわけがない。

「ちょっ……下ろして衛宮くん……!」

小声で反論してくる土御門をそのままに、部屋まで一直線に進む。
意識がある状態なら運ぶことは簡単だ。寧ろ意識のない数時間前の方が、距離的にも心理的にも大変だった。

「良いからおとなしく抱えられてろ。
下ろさないからな。立ち上がれないくらいに消耗しているのに、部屋まで戻れるわけないだろ」
「そ、れは……」
「こういう時は頼って良いんだから、それで良いんだ」
「ごめんなさい」

そうして、しゅんと萎れ意気消沈する土御門を落とさないようにしっかりと抱えつつ、慎重に足を進める。

よく考えればおかしい。
何故体力温存する筈の土御門が、こんなにもぐったりしているのだろうか。俺の服を掴む力も弱々しく、立てないほどに弱っている。
俺と遠坂が学校に行っている間に彼女の身に何が起こった?



数時間前から敷きっぱなしだった、冷え切った布団の上に下ろす。
布団に座り込んだ土御門の強張った面持ちが、若干緩んでいくのを確認してホッとした。

「衛宮くん、ありがとう。ごめんね」
「どういたしまして。これくらい大したことないから気にするな」

「……ねえ、学校で何があったの?」

がらりと部屋の空気が一変した。息を呑む音すらも相手に聞こえてしまいそうな静寂。すっと土御門の目がこちらを鋭く射抜く。
これは、つい数時間前に学校で見た目だ。心を見透かされていると錯覚させるような強烈な視線。一瞬だけ気圧される。

そして、促されるがままに今学校で見聞きした出来事を話す。終始表情を動かさずに聞いていた土御門が、ライダーの話の所でぴくりと反応した。

「そっか。ライダー、殺されてたんだ」

なんの感慨もないような気軽さで呟いた後、土御門は考え込むように視線を彷徨わせた。

とりあえずは満足したらしい。
それならば今度はこちらのターンだ。

土御門を見る限り増えた外傷はないし、この屋敷に変わったことはない。外出前より散らかっている所もないし、壊されているわけでもない。結界にも異常はないようだ。
だが、何もないのに土御門が這々の体で縁側に転がっているわけがないだろう。
何かしらの魔術を行使したのか、誰かが侵入したのか、まさかとは思うがどこかに出かけたのか。

「俺も聞きたいことがある。ここで何があったんだ、土御門」

土御門がさりげなく視線を外した。それでも引くわけにはいかない。ここは俺の家でもある。何があったかくらいは聞く権利があるだろう。
暫くの無言の応酬の後、土御門が小さくため息をついた。

「藤村先生にギアスかけちゃった」
「ギアス?」
「ちょっと押しきれなくて。一週間くらい衛宮邸に遊びに来ないようにっていう暗示がかかってるの。効果が切れれば特に問題はない、はず」

もとより、聖杯戦争に藤ねえを巻き込みたくないので、これは結果オーライとする。

「後、えっと、その……誰かの使い魔が紛れ込んできた……」

歯切れの悪い土御門の言葉に、一気に血の気が引く。

「な……敷地内に入ってきたのか!?」
「うん。でも、まあ、追い返しておいたから」
「怪我は」
「ないよ、大丈夫。ちょっとおしゃべりしただけ」

俺は魔術師の使い魔事情に明るくないが、使い魔というのは喋れるものなのだろうか。

「また明日にでも遠坂に相談しとくね」

余程切羽詰まった顔をしていたのだろうか、俺をみて土御門が困ったように苦笑いした。

「衛宮くん心配しすぎだよ」
「目の前で倒れた女の子相手に心配しないやつなんかいるもんか」

この戦いに巻き込んでしまったという罪悪感からか、どうしても、土御門を気にかけてしまって落ち着かない。

「これ、怪我人の役得ってやつ?」
「茶化すな。真面目に言ってるんだ」
「はぁい」

間延びした土御門の返事が、幼子のように聞こえた。



半ば部外者である土御門と半人前以下の俺がこれ以上話していても何も発展しないので、明日になったら遠坂に事細を報告するという結論に至る。

今日はお互いに色々あった。ありすぎた。
また明日行動を起こすのであれば、少しでも休息して回復しておくに越したことはない。

「おやすみ、土御門。ゆっくり休んでくれ」
「衛宮くんこそ。疲れてるでしょう、早く寝た方が良いよ」

立ち上がる。障子を開けようとしたところで、背中から声が飛んできた。

「助けてくれてありがとう。おやすみなさい」
「ああ。助けられてよかった」

扉を閉める右手が震える。
真っ直ぐに向けられた謝辞が無性に気恥ずかしく、土御門の方を見ることができなかった。

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