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幕間



言い訳にはなるが、本当はこんなことする気はなかった。間桐くんたちと交戦するつもりも、衛宮くんの家にお世話になるつもりも。
今日はやることなすこと全てがことごとくうまく行かない。

遠坂にことをうまく纏めるよう頼まれたからといって、藤村先生にギアスをかける羽目になったことも想定外だった。

家に残って私の世話をしてくれようとした先生と幾度も押し問答をした末、言いくるめることができないという苦渋の決断で取った手段だ。
「ここ一週間は忙しいから衛宮邸に来ることは出来ない」という暗示くらいなら今の私にもかけられる。
力ずくで申し訳ないが、藤村先生には家に帰っていただいた。後で衛宮くんに謝らなければならない。

玄関で彼女を見送ったところで、ふらりと足元が覚束なくなって壁に手をついた。
いつだったか神妙な顔で告げられた「夜中に出歩かないように」との遠坂の忠告を聞かなかった罰なのかもしれない。ふらふらと縁側の廊下までたどり着いたが、頭が大きく揺れて気持ち悪くなり、力が抜けてそのまま座り込んでしまった。

柱に背中を預けた。
今日は綺麗な月が出ている。

数メートル先の塀が、僅かに歪んだ気がした。


「……ねぇ、そこにいるのは誰?」


虚空に向かって問いかけた。
返事はない。視線を真正面に向ける。
間違いなく確かに気配がした。人間とは違う高位の存在。これはセイバーやライダーと同じ感覚。サーヴァントだ。
と、目の前数メートル先の空間がぐにゃりと捻じ曲がり、青い髪の男がけらけらと笑い飛ばしながら顕現した。

「ようお嬢ちゃん。坊主はどこに行った」
「さあ?人にものを尋ねる前に、自分の名を名乗ってください、槍兵さん」

余裕なんてあるはずない。魔術は半端にしか使えず、体力もなく、そもそも相手の情報すらわからない。わかるのはこの男が槍使いだということくらいだ(三騎士のうち剣と弓が出ているのであれば、残りは槍しかいないし、どう見たってキャスターやバーサーカーには見えないだろう)。
格上どころか手の届かないレベルのサーヴァント戦においては、アドバンテージとして事前情報がなくちゃ、逃げることすら一苦労なのに。
この状況は言うまでもなく最悪だ。間桐慎二とライダーを相手にしたときよりも、この上なく悪い。

「へえ。こりゃあちょっかいかけたくなるのも頷ける」
「貴方のマスターは私を殺したいわけ?」
「いや、今は俺の独断だ。にしても、まさか坊主に先を越されるとはな。さっきの戦いでは良いとこ見せてもらったぜ」

このサーヴァントは校舎での一部始終を見ていた上で、わざわざ今この瞬間ここにやってきたのか。
衛宮くんと遠坂がいない時間を狙ってまで私に会うのは手間でしかないだろうに。

「見てたんだ。全くもって良い気はしないんだけど」
「いやいや、これでも感心してんだぜ?先に手を出さないようにしてサーヴァントに歯向かうなんざ、正気の沙汰とは思えねえが。ただの人間にしては上出来だ」
「褒めてるの、それ……」
「おう。俺は嫌いじゃないねえ」

飄々と口走る目の前の男に毒気を抜かれる。
敵であるはずなのに、先ほどまで命を狙ってきていたはずなのに、あまりにも穏やかなやりとりだった。

「っと、マスターがお呼びだ。名残惜しいがここまでだな」

どこの英雄なのかは知らないが、心底嫌そうに顔をしかめる目の前のサーヴァントは見れば見るほど気のいい男に見える。
大きな溜息をつきながらランサーがこちらを見据える。一向に槍を出す気配がない上に、別れを惜しんでいるようにすら見える。

「私のこと、殺さなくて良いの?」
「初めは殺すつもりだったんだが、気が変わった。手負の女を殺すのに時間を割くほど、俺も暇じゃあないんでね」
「そう。それなら、セイバーが帰って来ちゃうかもしれないし、早く帰ったほうが良いんじゃない」

静寂。ぽかん、とランサーは呆気に取られたような顔になって、何がそんなに面白いのか、そのままげらげらと笑い出した。

「いや、良いねえお嬢ちゃん!気に入った、次に俺に会うまで、他の奴等に殺されてくれるなよ!」

にやりと口元を歪め、ランサーはその気配を消した。
注意深く辺りを伺う。完全に消えたようだ。

一日に二度も自分の力が及ばない相手と対峙する羽目になるとは。
今日は心臓に悪いことばかりが起こる。たまったもんじゃない。

大きく息を吐いた瞬間、全身から一気に力が抜けた。足が鉛になったかのように重い。

「気持ち悪……」

目の前がくらりくらりと揺れる。
流石に人の家の縁側で倒れるのは御免被る。最後の力を振り絞って立ち上がろうと足に力を入れたが、立ちあがるどころか腰を上げることすらままならずにもとの位置まで落ちた。
身体の自由が効かない。目眩で前後不覚に陥る。

「あーあ、ほんと最悪」

ランサーに遭遇したと真実を言ったら心配するに違いない。一杯一杯であろう衛宮くんにこれ以上余計な心配なんてかけられない。

2人が帰宅するまでには復活しておきたい。少しだけ、5分だけでも良いからちょっと休憩させてほしい。


冷え切った床が頬を冷やしていく。
張り詰めていた糸が切れたように、ぷつりと意識を失った。

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