×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

口車にのせられる



「たっだいまー!今日の晩ご飯は何かなー!」

来た。今日一番の山場だ。藤ねぇが帰ってきた。ごくりと喉が鳴る。一方の遠坂は平然とのんびり座ってテレビを眺めていて、土御門は部屋で寝かせたままだ。まだ本調子じゃないらしい。
いや、でもなんで遠坂はあんなに余裕綽々なんだ。
何と無く気分が浮ついているような感覚だ。自然体、自然体。落ち着け、いつも通りだ。緊張することなんて何もない。自分に言い聞かせて深呼吸する。

「お、お帰り藤ねぇ。悪いけど、夕飯は軽めのものしかないぞ」
「お、今日はうどんかー。士郎がこれを作るのって久し……え?」

どたんどたんと勢いよく部屋に入って来て、そのまま冷蔵庫の中身を物色していた藤ねぇの動きが、止まった。壊れかけた機械のようにゆっくりと時間をかけて遠坂の方を見やる。

「あ、藤村先生。おじゃましています」
「何ー!!!どういうこと!?どうして遠坂さんがこんな時間にここにいるのよー!!」
「タイガ、落ち着いてください。それには深い訳があるのです」

にっこり。遠坂の優等生っぷりが炸裂した。セイバーの穏やかな宥め声も耳に入らないのか、藤ねぇは一目散に俺の方へ突進してくる。
いやちょっと待て。こっちは台所にいるんだ、ここで暴れるのはまずい、かなり危険だ!

「落ち着いてくれ、藤ねぇ!実は……」
「藤村、先生?」
「なっ……!」

必死に叫んだ言葉が、よく通る柔らかな声に遮られた。反射的に全員がそちらへ振り向く。遠坂が腰を浮かせて、そのまま硬直して息を呑んだ。
土御門が、いた。遠坂が持って来た寝巻きに、丈の長めのカーディガンを羽織った姿で、立っているのもきついのか柱にしがみつくような姿勢で。裸足の足には包帯やら湿布やらが目立ち、顔も数カ所に貼られた絆創膏が目を引く。そして、限界が来たのか。土御門の身体がバランスを崩して、ぐらりと傾いた。
何やってんだあいつ。
今まで考えていたことを全部投げ捨てて、とにかく土御門の元へ向かう。

「っと、大丈夫か?土御門、無理するなって言っただろ」
「えっ、牡丹ちゃん?どうしたのその酷い怪我!」

土御門を間一髪のところで支える。遠坂曰く、魔力を一気に使ったために足腰が立たなくなったらしい。通常ではあり得ないくらいの魔力を、それも一瞬で使った反動だということだ。直ぐに治るとは言ったけれども、数時間で回復するものでもないだろう。
というか、驚いた。土御門に一言断って抱き上げ、遠坂のもとまで運びながら、顔面蒼白にした藤ねぇと彼女との関係性について思案する。藤ねぇが名前で呼ぶほど仲良くしているとは知らなかった。

「先生。その件について私から説明します。それで良いかしら、衛宮くんたち?」

わたわたと慌てる藤ねぇと対象的に、遠坂は平常心を取り戻したらしい。その、有無を言わさぬ声音に、こくこくと頷くしかできなかった。



「えーと、つまり?牡丹ちゃんが坂から転げ落ちて。たまたま見つけた士郎が手当していたところに、遠坂さんが通りかかったから助けを求めた、と。確かに女の子じゃないと難しいこともあるもんねー。うーん、牡丹ちゃん大丈夫?」
「ええと、まあ何とか平気です」
「嘘つけ。支えがないと歩けないくらい、足元がおぼつかないだろ。それを平気とは言わないからな」
「う。衛宮くん……」

心配する藤ねぇへ苦笑いで返答する土御門の言葉に、ぴしゃりと反論する。どう考えても屋敷の中を自由に歩き回れない状態を平気とは言わないだろう。
遠坂が、小さくなる土御門を満足そうに眺めた後、藤ねぇを見据えて口を開いた。

「本当は彼女の家に帰したいのですけれど、一人暮らしですし。私の家に連れて行くのも難しいし。最後の手段として、衛宮くんにお願いしようと思っていたんです」
「そうだったの。わかったわ。それなら私も出来るだけフォローするから、大丈夫よ」
「ありがとうございます。それじゃあ先生、この子のこと、よろしくお願いしますね」

藤ねぇは呆気なく陥落された。恐るべし遠坂。申し訳なさそうに藤ねぇに謝る土御門の頭を撫で、遠坂は見たこともないような愛おしげな微笑みを見せた。

「明日ちゃんと来るから。これは巻き込んでしまった私からのお詫びだから、気にしないで」
「うん、まあ何と無くそんな気もしてたけど。ありがたく受け取っておくね、遠坂」

それじゃあ私は帰ります、と清々しく言い切った遠坂に、藤ねぇが思い出したように告げる。

「遠坂さん、危ないから士郎を連れてってね。女の子が夜道を一人で帰るのは、教師として見過ごせないわ」

はいと微笑む遠坂は、内心「アーチャーがいるから大丈夫ですけど」とか何とか思っているのだろう。ともかく、ご指名とあらば行かなくてはならない。

「土御門。留守番任せられるか?」
「勿論だよ。衛宮くんたちこそ気を付けてね」
「それなら私も同行します。シロウを一人には出来ませんから」
「それが良いよ。セイバーも気を付けて」
「はい、貴女も。何もないとは思いますが」

先程知り合ったばかりのセイバーとも仲良くやれている、らしい。心配するまでもなかったか、と思いながらも、少しほっとする。じゃあいってくる、と席を立つと、いってらっしゃいと柔らかに笑みを浮かべる土御門が目に入って、また頬が熱を持ちだした。

- 13 -


[*前] | [次#]
[戻る]