「あ、ちなみに衛宮くんが気になってた例のあれのことなんだけど」 こちらをまっすぐに見据えてにっこりと。遠坂はまるで、そう、やられたことの百万倍返しでもするかのような清々しい表情で人差し指を立てた。 なんか嫌な予感がする。というか予感じゃなくてもはやこれは確定事項だ。 逃げたい。物凄く逃げたいが、ここで逃げれるのなら今まで苦労していない。そうだ。この状況であの遠坂が逃がしてくれるわけない。もうここまできたら、覚悟を決めて立ち向かうしかない。何が何でも耐えてやる。 「な、なんだよ遠坂、あれって」 「本当にこの子がマスターなのかどうか。気になっていたでしょう?」 この子、の所でちらりと土御門に目を向けて、そのまま続ける。目を向けられた張本人は眉を顰めて、これから起こることを予想しているかのように、微かな溜息を吐いた。 「もしかしたら自分で服とか脱がせて、きちんと確認したかったかもしれないけど。ごめんなさいね、私がちゃーんと令呪が無いこと、確認しておいたから」 出る幕はないとばかりに上機嫌で弾んでいる声が部屋に響く。そりゃあ自分で確認するに越したことはないけど、じゃなくて。 一秒にも満たない間、俺の思考回路はフリーズし、なんとか回復したが、顔がとんでもないくらい熱を持っていた。 前言撤回。耐えるどころか秒殺された。相手にすらなっていない。 「ば―――!なっ、遠坂っ!」 「あれ、図星だった?衛宮くんてばわかりやすいのねー」 断言する。確信犯だ。絶対に気のせいじゃない。 「遠坂やめてあげてよ。衛宮くんが撃沈しかけてるから」 「あらそう?ちょっとした冗談だったのに」 どこがちょっとした冗談だ。半分以上は本心で言っているに違いない、この悪魔め。 心の中では悪態はつけるのだが。悲しいかな、いざ反論しようとしても、することは出来ないのである。 「衛宮くんにいじりがいがあって楽しいのはわかったから、そこらへんで」 遠坂を諭していた。珍しい。遠坂を諭すなんて、あのいけすかないアーチャーくらいしか見たことない。 というか、その前に。弄り甲斐があるという言葉は否定したい所だが、こんなみっともない顔を土御門に晒したくはない。 「くそ、冗談でこんなのされてたまるかってんだ」 何が一番悔しいかって、平然と遠坂にツッコミを入れてる土御門が、何も気にしていないことだ。 この場で慌てふためいているのが俺だけってのは、情けなくて仕方がない。 「ここからは真面目な話よ。ライダーのこと、聞いても良いかしら」 遠坂の声音ががらりと百八十度変わる。プライベートとのスイッチの切り替えの上手さは尊敬するレベルだ。浮かれてはいられないと背筋を伸ばす。 「手応えでも癖でも些細なことでも何でも良いわ。何か気がついたこと、あった?」 遠坂が土御門の方に目を向ける。どうやら食事は終わったらしい。箸を置いて目を細めた。 「私、その話聞いてて良いの?」 「聞くも何も、当事者は貴女じゃない」 「短剣は、宝具ではないんじゃないか」 いくら魔術師だが魔術使いだかであろうとも、土御門は人間の枠を出ない普通の人間である。今の所は。 彼女の結界を容易く破れなかったってことはそこまで曰く付きの代物じゃない。 セイバーのあの剣のような、膨大な魔力は感じられなかった。 感心したように何度か頷いて、遠坂は少し考え込んだ後、再度こちらに視線を向けてきた。 「何か他に気づいたこととか―――やっぱり良いわ、後から何かあったら教えて」 「あ、ああ」 何か思うところがあったのか、そのまま遠坂はこの話題を打ち切った。 布団の上で大人しく座っている土御門の顔を見ると、つい数時間前の騒動がリフレインする。 「―――っ」 勢いよく放り投げられ、重力に逆らうことなく落ちた土御門の肢体。力なく横たわる同い年の、見知った顔の女の子。あの時は余裕がなかった。 握りしめた拳には、たいした力はないとは理解している。だが、そんなことは問題ではない。 守りたい、否、守らなければならない。 もう二度とあんな姿を見てたまるものか。 [*前] | [次#] [戻る] |