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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

気になるあの子



「今からこの子の手当したいんだけど」

遠坂から背中を向けられたまま告げられて、思考が停止した。俺にどうしろっていうんだ。何か持ってくるように言われるとみた。これから飛んでくるはずの指示に身構えていると。

「服を着替えさせるんだけど、いつまでそこに座っているつもりなのかしら。衛宮くん?」

振り返った遠坂に物凄く楽しそうなしたり顔をされて、はっと我にかえった。一気に頬が熱くなる。何をするともなく遠坂の後ろに座っていたけれども、確かにここで待っているのはよろしくない。

「す、すまんっ!すぐ出る!」
「別に確認しただけよ。そこまで酷い怪我じゃないし、まあ、士郎が見ていたいっていうなら私は止めないけど?」
「んなことできるか、ばか!」

勢いよく後退りした。赤面し切っているであろう顔面を見られまいとそっぽを向く。
くそ、格好悪い。本当に今この瞬間、土御門が起きていなくって良かったと心から思いながら息をつく。

「あれ。士郎、出て行くの?じゃあついでに何か食べ物でも作って持ってきてくれる?」
「あ、ああ。わかった」

にっこりと優雅に笑う遠坂は冗談抜きで怖い。予想外な指示に拍子抜けして声が上ずった。
そんな動揺をも見透かして、あいつは心底楽しげに笑っているのだろう。遠坂相手に頭が上がらないのが情けない。
……はなから敵う相手であるとは思ってすらもいなかったわけだが。

「あ、そうだ。衛宮くんに一つアドバイスよ」
「アドバイス?」
「この子、和食好きなのよね」

今の言葉が何を意図していたのかは判らない。自分がどんな表情でここに立っていたのかも判らない。
でも、遠坂は顔をちらりとこちらに向けた後さっぱりとした笑顔を見せた。その一連の行為だけですとんと納得してしまうのだから、本当にあいつは侮れないし、俺だってどうかしている。


「遠坂、終わったのか?」

お盆の上にはできたてのうどんとお茶の入った急須に湯呑みをふたつ。遠坂の言われるがままにコントロールされている気がしなくもないが、土御門が好きなものを作って悪いことはないだろう。断じて、この選択に深い意味はない。
恐る恐る扉の前から声をかけてみる。てっきり中に遠坂がいるのかと思っていたがいないようだ。どうやら手当は終わったらしい。これなら開けても大丈夫か、と考えてから一旦深呼吸する。
いや、落ち着け落ち着け。どう考えてもこれは危険だ。寝ている女の子の部屋に入って迂闊に何かをやらかしたとあれば、また遠坂の格好の餌食になりかねない。

土御門をここまで運んできてから一時間とちょっと経過している。外はもう暗くなりつつある。気温も一段と冷えてきた。こう、開放感のある衛宮邸ではちょっと寒いかもしれないし、なによりお腹も空いているだろう。多分。
小さく気合いを入れて、音を立てないように慎重に戸を開けた。

「……土御門、起きてるか?」

どうか起きていますように、と無駄な希望を抱きながら控えめな声量で確認をする。静かに視線を巡らせると、土御門は、布団の中で穏やかに寝息を立てていた。当たり前だ。起きていたら返事の一つくらいしてくれるだろう。

息を呑んだ。無防備な彼女から目が離せなくなった。不意に女の子の寝顔なんて見るもんじゃない。いつもより幼く見えるとか頬が柔らかそうとかそんなの、今思うことじゃない。考えるべきじゃない。

このまま廊下の冷気を部屋に入れるのは得策じゃない。
足音を立てないように部屋に入って、サイドテーブルにお盆を置いた。そんでもって、寝顔を眺めるなんて不躾なことはするべきじゃない。すぐさま土御門に背中を向ける。
そもそも、薄暗い部屋で、女の子と、ふたりきりになんてなるべきじゃない。眩暈がするようだ。
想定外の事態に動揺しきった自分の手は、普段通りの勢いで扉を閉めていた。ばん、という物音に土御門の目が薄っすらと開く。

「あれ、ここ……」
「土御門?良かった、目が覚めたんだな」

声が裏返ったけれども、寝起きの彼女は気が付いていないと信じたい。

「衛宮くん?何でここに、あれ?」

物珍しそうにきょろきょろと部屋を見回す土御門を見て、自然と笑みが浮かぶ。寝起き特有の舌の回っていない話し方や、あどけない顔、いつもと違った雰囲気であるのが新鮮だ。

本当に、起きてくれて心底助かった。起こしてしまったのは申し訳ないが、精神衛生上大変救われた。

「具合は大丈夫か?ライダーと戦った後に倒れた土御門を、俺の家まで運んできて、遠坂に手当してもらったところだ」
「そっか。迷惑かけちゃってごめんね、衛宮くん。怪我しなかった?」
「ばか。俺は怪我してない。それより自分の身体の心配をしてくれ」

しゅんと項垂れて申し訳なさそうに視線を向けられて、どくんと心臓が大きな音を立てる。土御門は手を開閉させて手の感覚を確かめるようにして、そのままぱたりと布団に突っ伏した。

「てことはあっちには逃げられたかー。そりゃそうだよなあ、本当最悪」

布団に投げ出された、傷だらけの掌を見つめる。

何だか、気に入らない。土御門が嫌いとかでは全くないが、彼女が自分の身に傷を負うことに何も感じていないということが、どうしようもなく気に食わない。
とは思うものの、土御門にかける言葉は見つからない。そのまま土御門の横顔に目を向けていることしかできなかった。

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