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一晩寝たら綺麗さっぱり忘れてる、なんてそんな都合の良い展開なんてあるはずもなく。よく覚えていないけれども、夢の中でも一晩中肝試しや怪談をやっていた気がする。恐るべし、堀の話術。
ぐっすり寝たはずなのに心なしか疲れは取れていないような。モヤモヤとした、何をどうひっくり返しても清々しい目覚めとは言い難い朝を迎え、どんよりとした心持ちのまま電車に乗って学校に向かう。

もう太陽も昇っていて明るいから平気なはずなのに。偶然下駄箱で堀を見かけると同時に、反射的に思い恐怖感が思い起こされた。ピシッと背中が凍りつき、手から力が抜けてしまい手に持っていた鞄が地面に落っこちた。

「お、長谷部」
「え、あ……お、はよう」

物音で気付いたのか、はたまた偶々振り返っただけなのか。しっかりバッチリ目が合い、瞬時に全身の至る所が熱を帯びた。声をかけてくれた堀に挨拶するのもそこそこに、そそくさと鞄を拾い、早足で横を通り抜ける。

何やってるの、と自分で自分を叱咤するもすでに遅く。早歩きと駆け足の中間くらいのスピードでその場を離れ、校舎の端っこまでノンストップで移動する。息が苦しい。考えがめちゃくちゃ。ボサボサになった髪だとか、少し乱れてしまった制服とか、そんなのもどうでも良くなって、頭の隅っこに追いやる。そして目の前が壁、それ以上進めない行き止まりの場所まで辿り着いた後、やっと我に返った。
落ち着かなくちゃ。気が動転している間に、堀に向かってかなり失礼なことしてる、私。



行きたくないと主張する足を引きずるようにして、一週間分くらいの労力を使いながらやっとの思いで教室に入った。よし、部室の方に行っているのか、それとも他の教室に行っているのかはわからないけれど、堀は今の所いないみたい。そろりそろりと目立たないようにして自分の机に向かう。
もう登校していた前の席の友人に挨拶し、椅子に座るとどっと疲れが出てきた。まだ朝なのに。

ーーー

「はぁ……」

なるべく隣の席の方を見ないように、気にしないようにと頭の中で念じながら午前中の授業を乗り切った。勿論のこと、先生の話なんて何一つ記憶にない。休み時間になるたびにビクビクしながら横の席を盗み見たり、前の席の友人に話しかけたり、特に用事もないけれど廊下に出たり。神経を擦り減らす地獄の時間だった。



昼休みの開始時刻になるとともに、堀は他クラスの生徒に呼ばれて教室の前、教卓あたりに移動していった。その後ろ姿を目で追いつつ、どうしようもないコントロール不可能な自分の不甲斐なさを心の中で嘆く。いや、ちょっと名残惜しいなんて思ってもないし。気まずい癖に隣に座ってて欲しいとか身勝手すぎるでしょう、もう。
机に伏せて脱力していると、頭の真上から物が降ってきた。人の頭の上に物を落とす生徒なんて1人しか知らない。どう考えても前の席の友人のみ。じわじわ痛む頭のてっぺんを摩りつつ顔を上げる。予想に違わず、そこには難しい顔をしている彼女がいた。手には落下させたであろう分厚い日直日誌。地味に痛みが続くのはこの所為か。

「佳、堀くんと喧嘩でもしたの?」
「え?喧嘩、してないよ。なんで?」

どきり。心臓が一際大きく跳ねる。

「だって今日、全然話ししてないじゃない。前はあんなに仲良しオーラ出しまくってたのに」
「な、仲良しオーラって……」
「それに、佳、なんか無理してない?」

その一言で悟った。これはもう、彼女相手に誤魔化すことなんで出来ない。グッと返答に詰まった私の負けかも。
目を逸らそうにも頬っぺたをギュッと抓られた状態だから動かせない。痛い。
徐々に強くなりつつある力に対抗しうる術は持ち合わせておらず、結局観念して全てを白状した。

「佳ってさあ、バカなの?」
「うっ」

私と彼女の間には遠慮なんてものは微塵もなく、スパッとバシッと一直線に突き刺さるセリフ。だけど、流石に悪いことしてるのが自分だという自覚はあるから、言い訳すらできずに撃沈。

「自分から避けといて堀くん不足で寂しいって、ねえ。堀くんも気の毒だわ、それ」

うーん、堀が気の毒なのは否定出来ないし私の所為だし反省は大いにしているけれども、その前の言葉の表現の仕方は語弊がある。お付き合いしてるわけじゃあるまいし、普段からべったり仲良しな間柄でもないし、だってどう頑張っても鹿島とかには敵わないし。
さっき少し寂しいと思っちゃったとか嘘だよ、絶対絶対嘘だもん。ちょっと話せなかっただけで寂しくなるほど依存してるなんて、そんなことあるはずないでしょ。

「べっ、別に堀不足とか、そんなんじゃ」
「でも実際そうじゃないの?自覚してないのかもしれないけど、ずーっと堀くんの方ばっか見てる」
「え、それは、怒ってないかなーとか気になって」
「……。しかも、珍しく朝から元気ないし。原因、堀くんなんでしょ」

そりゃあ根本的な原因は堀の巧みな怪談話ですけれども。仲良くなってから頻繁に話ししてたし、こんな静かな時間は久しぶりだなーとか思わなかったとは言えないけれども。
なんか上手いこと言いくるめられたような。ほーら気になるんじゃない、と見透かしたように笑う彼女には一生敵う気がしない。

「怒ってるかどうかは知らないけど、絶対気にしてると思う、堀くん」

今後のためにもフォローしておいた方が良いんじゃない、とぐりぐりと頭を撫でられる。
彼女の言いたいことはわかるし、早め早めに何とかすべきなのも理解できる。けど、大喧嘩とかしたならまだしも、こんなの小さすぎて謝れば良いのか何もなかったかのように話せば良いのか、取るべき行動が全くわからない。そっけない態度とってごめんなさい、なんて言ったって小学生の喧嘩みたい、嫌々ながらに謝らせられてる子供みたいだし。だからと言ってこの微妙な雰囲気のままにするのは嫌、だしなぁ。
理解不能なこんがらがった感情を抱え、どうしようもなく逃げたくなった。


行けども辿り着けず


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