×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



今思えば、あの時適当に誤魔化せば良かったんじゃないか。

きちんと現状把握が出来るようになったのは、家に帰り着いてベッドにダイブした後だった。
よくよく考えてみれば、文脈的に告白とかそういう感じに取られなかったはず。どう深読みしたってこんなの「スポーツ頑張ってる人かっこいい」くらいで済むはず……。

「(だと、良いんだけどなぁ……)」

そんなことをつらつらと考えていたら直ぐに意識がフェードアウトしていったから、私ってば案外変なところで図太いのかもしれない。

◇ ◇ ◇

あ、消しゴム落っこちた。

手のひらの上で弄んでいた新しい消しゴムが床に真っ逆さま。どこに行ったのか探す元気もなくてため息ひとつ。

やっぱ、吹っ切れてはいないみたいです。いつもよりだいぶ早い時間にスッキリ目が覚めたから、眠りが浅かったのかも。朝ごはんをのんびり食べ、ゆっくり歩いて学校に来たのにも関わらずこの余裕な時間。昨日置きっぱなしにしたのか、今日朝早く来て置いたのかわからない運動部の子のエナメルバッグと私だけの教室。あーあ、気が滅入る。
普段なら滅多にない数十分くらいの朝の自由時間、やることなんてなんにもなくて。頬杖して時計とにらめっこ。ボーッとするなら勉強すればいいじゃないだなんて思いつつも実行出来ない駄目三年生。思うだけで机に向かえるのならこんなに成績で苦労してませんよーだ。
はあ。朝から何非生産的なことしてるんだろう。時間なんて全然ないのに、何もしてなかったら気分が落ち込むばかりなのに、ねえ。瞼を伏せると同時に零れ出るため息、またひとつ。

だけど、不意に響いた大きめの物音に対して反射的に振り向く。あ、あの青いシャツ、もしかして。瞬時に爆走し出した心臓を穏やかにするため、すーはーすーはーと深呼吸。

「あ、堀。早いね、おはようー」
「お、長谷部がこの時間にいるの珍しいな」
「うん。たまたま早い電車に乗れたからね」

よかった。何もなかったみたいに、いつも通りにできた。今回ばかりは周囲の人に悟られるのは避けたかったから、多少ぎこちなくとも十分普段通りに見える(はず)の自分の振る舞いに拍手を送りたい気分。

この余裕は、つかつかとこちらに向かってくる堀によって、すぐに覆されることになるんだけど、ね。

「長谷部、今日放課後時間あるか?」
「えっ?あ……うん、部活ないし。どうしたの?」
「行きたい所あるから付き合ってくれねえか?」
「わ、わかった。だいじょうぶ!」

何があるのかっていうのが非常に気になるんだけど、ね。いつもの顔でじっとこちらを見てくる堀に聞いても教えてくれなさそうなので当分気にしないことにする。その方が精神衛生上大変よろしい。

と、まあ吹っ切ろうとしたのだが。
クーラーまだついてないし暑いなぁ、椅子から立ち上がって、窓を開けようとして、

「わぎゃ!」
「っ!」

ぐるん、世界が回る。
足元に落っこちてた消しゴムを踏んで、想定外の事態にバランスを崩していた。誰なの、こんな所に消しゴム放置してたの……!(もちろん数分前の私ですけど!ばかっ!)

あれ、これ、ヤバくない?バランスを崩して不自然な方向に身体が傾く。

「……あ、あれ……?」
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう……」

何だか前にもこんなことがあったような。回された腕にしがみついて、床とこんにちはすることは回避する。
ダメだ、ここ数日やることなすこと全部裏目に出ているような。ご迷惑をおかけします、小さく呟いた言葉に、ぽんぽんと頭を撫でられた。

「長谷部って、結構抜けてるよな」
「まさか……今のはたまたま、そんなにおっちょこちょいじゃないよ」
「本当か?何もない所でこけそうになったり、腰抜かして椅子から転げ落ちたりしたじゃねえか」
「あー、それは忘れて頂ければ嬉しいのだけれども……」

だってあの時の王子様、堀だとは思っていなかったんだもん。いつまでも言われちゃうのはちょっと恥ずかしい。
ぱちり、不意に目があった堀が困ったように歯を見せて笑った。

「お前見てるとすっげえ困るんだよな、目を離したら何しでかすのかわかんねえし」
「えぇー……?」

その声音が思ったより優しかったものだから。膨らませた頬っぺたのまま、合わせた視線を逸らすこともできない。
堀は私の保護者か飼い主か。そんな言葉は口に出せずに、心の奥にしまい込んだ。

儚いアシンメトリー


戻る