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「#幼馴染」のBL小説を読む
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たまたま下校中に千代に遭遇してなかったら、来てなかっただろうなぁ野崎の家。出来れば来たくなかった、というのが率直な感想だ。

声にならない唸り声をあげながら苦悶する姿は、知り合いの目から見ても近づきたくなくなるものだった。
聞けば、次のネームのネタがイマイチだとか。どうやったらマミコが鈴木くんにときめくのか、ドツボにハマったらしい。うーん。端的に言ってしまえば、スランプってことなのかな?

結構日程的にギリギリらしく、ズーンと沈んだ雰囲気を醸し出す野崎。悩める漫画家に向かってアイディアを出したのは、もちろん千代だった。

「特別な呼び名?」
「うん、その人だけが使う呼び方!きゅーんってくるよ、そういうの!ですよね、先輩?」
「え。うーん、例えば野崎だったら『梅ちゃん』とか?」

いやいや、これは聞いた感じは可愛いけどちょっと、ねえ。野崎のイメージじゃないかも。うーむ、梅太郎っていうのは長いし。その人だけの呼び方かぁ。難しいなぁ……。私、基本的に何も考えてないからなぁ、人を呼ぶときとか。

「『梅太郎さん』とかも良いですよね……!」

それはお付き合いしてるとかそういうのを超越して、何か新婚っぽいんだけど言ったほうが良いのかどうか。
うん、なんだか千代がキラキラして幸せそうなのでそっとしておこう。っていうか鈴木くんとマミコは高校生だしね。梅太郎さん、って感じで呼ぶの、私的には大人同士のカップルのイメージかも。それとか年の差カップルとかお金持ちのご令嬢とか。

「若松くんだったら『博くん』とかどうですか?」
「なるほどね。じゃあ堀は『政くん』とか……まーくん?」
「あ、なんか幼馴染っぽくて素敵ですね〜」

オーソドックスに政行、とかでも良いよね。呼んでる人、あんまり見たことない気がするし。今度、悪戯で呼んでみようかな、政くんって。うん、面白そうー。

「なら、佐倉だったらどうなんだ?」
「えっ!?わっ、私だったら、千代って名前で呼んで貰うとか……!」

おー、チャンスチャンス、大チャンスだよ!頑張れ千代!あと一歩!
心の中で盛大にエールを送りつつ、用意されていたコップの水を喉に流し込んだ。
千代が何かを期待する目で野崎を見つめている。恋する乙女って感じで可愛いなぁ、千代。それが相手に伝わっていないのはご愛嬌、うん。

「名前……名前か……」

野崎が念仏のようにそれを唱えながら、手元の真っ白な紙に目を落とした。何やらペンを動かしているのは、このネタでイラストを描いてみようとしているのか。

「そうだよ!名前の呼び捨ても女の子の憧れなんだよ野崎くん!」
「あ、でも鈴木ってマミコのこと名前で呼んでるよ、ね……」

あ、これ言っちゃいけないやつ!いや厳密には間違ってはいないんだけど、この場の流れではしちゃいけない発言だった!
口から溢れ出たセリフをなかったことにしたいけれど、そんなことは出来るはずもなく。無情にも野崎の手が止まってしまう。

「あぁ、そういえばそうでしたね。じゃあ、特別な呼び方はナシってことで」
「…………」
「わ、あの、ごめんね千代……!」

涙目の千代に全力で謝る。空気読めなくてごめんなさい、余計な一言言っちゃってごめんなさい!
でも、折角呼び捨てされるチャンスだったのにぃ、なんて(私の想像だけど)無言で訴えてくる様子、女子から見ても可愛い……いや、そんなこと言ってる場合じゃないとはわかっているけれども。

正座をして一生懸命謝っていると、ガチャっと玄関のドアの開いた音。
うわぁ助かった、誰かわかんないけど助かったよ。早く来て早く来てと頭の中で念じながら、横目でその来訪者を見る。

「悪いな野崎、遅くなって……何やってんだ?」
「あ、政くん……、!?」

3人の視線が瞬時に集まった。一つ呼吸を挟んでーーー自分の失言に気付く。
うわあああなにいってるのばか、そりゃあ悪戯で呼んでみようとは思っていたけど、今この瞬間にポロっと口から出てくるとは思ってなかったっていうか!
どうしようどうしよう、赤面してるのが嫌でもわかる、頭から煙が出そう、穴があったら入りたい、もうどんな顔すれば良いの……!

きみの声は遥か遠く


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