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「#幼馴染」のBL小説を読む
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目が腫れてるわよ、部長会から帰ってきた彼女は私を見るなりそう言った。そしてそのまま頭をぐしゃぐしゃ撫で、ちょっと困ったように眉を寄せて笑った。髪の毛をボサボサにされたのは嬉しくないけど、事情を根掘り葉掘り聞かれなかったのは正直ありがたい。この絶妙な気遣い、聡い彼女ならでは。気分が落ち着いたら報告がてらアイスでも奢らなくっちゃだな。
うん、でも、とりあえず今日のところは逃げよう。自覚してしまった瞬間にノンストップで走り続ける胸の鼓動は、今の私には制御できない。今堀と話したところでフリーズするか余計なことを口走ってしまうかのどっちかに決まってる。幸か不幸か放課後すぐに部活の話し合いがあるみたいだし、放課後になったら全速力で逃げよう。とにかく落ち着くのが最優先にすべき事、なんだから。



ホームルームが終わった瞬間、周りの生徒に混じってそそくさと部活に行こうとしたけれども、ガシッと絶妙な加減で掴まれた左腕。痛くないけど、どう頑張っても腕を振り切れない。

「ちょっと待てよ、長谷部」

逃げようと思っている時に限ってあっさりと捕まってしまうのはお約束。もう、そうとしか言いようがない。だけどこんなのってないよ、神様。振りほどいて部活に行こうと腕に力を込めたけど、必死に力を込めても離れる気配がない。そりゃあそうだよね、幾ら文化部とはいえ相手は男の子だし大道具作りで鍛えられてるだろうし。

観念して抵抗をやめ、渋々全身の力を抜いた。横目で友人を確認すると、小さく口角を上げて声を出さずにメッセージ。がんばれ、なんてそんないきなり言われても。心の準備が…!
手をひらひら振りながら足早に教室を去る彼女を、暫し放心状態で見送る。彼女だけでなく、他の生徒も次々と教室を後にして去っていく。ただでさえ部活生が多いこのクラス、そう時間も経たないうちに教室から私たち以外の全ての人が居なくなった。

私の腕を掴んでいる手に、若干力がこもったことで現実に帰ってくる。失敗した、これ、逃げられないかも。
振り向きたくない。だって後ろを確認しなくたって、こんなことしてくる犯人はわかるもん。それに、間違いなく非常事態なのにまたリミッターが解除された心臓がばくばくいってる。ああもう静まってよ、私の心臓。こういう時だけ私の感情に素直にならなくてもいいのに。

「ほ、堀……」
「なあ、今日様子変じゃねえか?いつもより余所余所しいってか……」
「そんなこと、ないよ」

ぐるり、肩を掴まれて回れ右させられる。今日1日避け続けてきた視線がきっちりしっかり交わって、頭の中はパニック状態。
こんな時だってのに掴まれてる部分があっついし、早くこの場を切り抜けなくちゃと思っている反面、久々に(と言っても半日くらい話さなかっただけなのだけれども)面と向かっているこの状況が続けば良いのにと思ってしまう都合の良い思いもあったりして。

ただのお隣さんにしては顔が近い、なんて妙に勘ぐってしまうのは先程気づいた感情のせい?真っ直ぐ見据えてくる堀の視線に、言いたいことあったら今のうちだぞ、と暗に仄めかされている気がする。

「うん、もう、フツーだよ!全然全く変じゃないし」
「なら、休み時間になったら逃げるように席を離れるのは普通なのか?」
「そ、れ、は……」

バレてる。思いっきりバレている。
どうしよう。それに関しては図星であるがゆえに何にも反論できやしない。今更言い訳するのもみっともないし、何か言えることがあるわけでもないし。というか、今口を開いたら思ってること全部をうっかり喋ってしまいそうな、そんな気がする。
無言でじっと答えを催促してくる視線から逃げようにも、顔が近すぎて目を逸らせない。もはや万事休す、かも。

「あのね、私、その、」

もうどうしようもないから、言うしかないじゃない。堀の声聞いたら昨日の怪談話がフラッシュバックしそうとか思ってたら、なんか声掛けるのを躊躇うようになったとか自分勝手すぎる言い訳なんかしたくなかったのに。頭の中を必死に整理しながら意を決して口を開けば、どさりと物が落下する音に遮られた。
手から力が抜けてしまったのか、持っていた鞄が派手な音を立てて床に衝突している。その音に虚をつかれたのか、真っ直ぐこちらを向いていた堀の視線が一旦外れ、肩に置かれていた手も同時に離れていった。

しーんと静かな沈黙の後、再び顔を見合わせる。もう一度視線を合わせたら、堀が何かを堪えるような顔をして苦笑していた。

「ま、良いけどな。そんな顔されちゃ文句も言えねえし」

そんな顔ってどんな顔なの。その言葉を発する前に堀の手が私の頭の上に伸びてきて、ぽんぽん撫でられる。
ほうら、やっぱりね。こうして頭撫でられるのだって、さっき友人にされたのと同じ行為なのに。主体が変わるだけで、こんなにもどきどきが止まらなくなるんだよ。心なしかじわりと滲む視界の中、ぐしゃぐしゃにかき混ぜられた感情を言葉にできずに黙って足元とにらめっこ。

私、部活行くね。震えないように精一杯張り上げた声は、自分でもわかるくらい裏返っていた。

心が奪われるなんて


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