1205 02
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・真緒くんに憧れる一般生徒
・所々会話のみ
・没ネタ
思うに、私が衣更真緒を知ったプロセスは、とことん逆であるべきだったんじゃないだろうか。
「ええと。あっちから歩いてきたはずだから……あれえ……」
馬鹿みたいに敷地面積の広いこの学園、いつもは無駄に歩き回らないようにしていたのだけれど、ついに迷子になってしまった。方向音痴な私にしては、在学二年間で一度も迷わなかったのは奇跡だったのだけど。というよりも、二年もいて校内を把握していない私が悪いともいう。
困ったなあ。放課後であるために人通りも少なく、未だ嘗て見覚えのないこの場所は、きっと普通科とは隔離されているアイドル科の敷地に違いない。私たちは立ち入ってはならない場であるから、誰かに見つかる前に逃げないとお説教ものだ。私、別に、男の子の追っかけでも何でもないんだけど。
もう、敷地の境目の柵を乗り越えて、外に出た方がわかるんじゃないだろうか。
「お、マネージャー、何してんだ?」
「え?」
振り返ると、さっき遠目から見かけた汗だくの男の子がタオル片手にこちらを向いていた。ジャージ姿なのにそこらの男子とは違い、様になっている。
もしかしてもしかしなくても、この人、アイドル科の男の子か。まずったなあ。バレる前に逃げたかったのに。
「あ、人違いだったか。悪いな?」
「ああ、はい、大丈夫です」
「普通科の人だろ。こんなとこで何してんだ、面倒くさい連中に見つかったら大変なことになるぞ?」
「そういうつもりじゃ。迷ってしまって」
「ま、迷ったって……」
「や、途方にくれるほど迷ってるわけではありません。さすがに戻る方向はわかるけど、人目につかないように戻るにはどうしたもんかなって」
「確かに、バレたらただじゃ済まないだろうな〜?」
「……脅かさないでくださいよ。じゃ、急いでるんで」
「道わかんないんだったら、送って行こうか?」
「平気です。一緒に居るの見られたらなんて言われるか。……でも、道だけ教えてくれたら助かります」
「そんな遠慮すんなって」
「だって。邪魔なんてしたくありませんもん。私は余り詳しくないけど、アイドルって大変なんでしょ」
「困ってる人の方がほっとけないだろ?帰り道、捕まって説教されてんの見ても嫌だしな」
「そんなヘマしませんし大丈夫ですって。それじゃ」
「あ、ちょっ……」
◇
こちら側に来るのは二度目だけども、今回はれっきとした用件があってのことだ。
「あ」
「え?あ、この前の」
いつ見ても汗をいっぱいかいていてトレーニングやら何やらをしている。そうやって一人でも頑張ることができるの、すごいと思う。私は誰も見てなかったらサボっちゃいそうだ。
「お、また迷子か〜?」
「違います。今回は一応ちゃんとした用件で。『明星スバル』って人、知りません?」
「スバル?」
「今朝、校門の前に落ちてたのを拾ったんです。これ、渡しておいて貰えますか」
手にしていた生徒手帳を、目の前の男子に渡す。
「ん。拾ってくれてありがとな」
「いえ。良かったです、持ち主の元へ届けられそうで。それじゃ」
「見つからないよう気を付けろよ
?」
「はいー」
ニッと笑った混じり気なしの笑顔が、妙に心に住み着いた。
◇
「ね、一緒に見にいこうよ!」
「んー、何を?」
「だからあ、うちの学園のアイドル!」
「アイドル?」
「今度のイベントだよ!ね、うちの学園からも出るんだってさ、ユニット!」
「そりゃあね。ひとグループだけ出れるっていう、あれでしょ?」
「そうそう!今年はねえ、二年生の四人組ユニットらしいよ、Tricksterっていう」
「トリックスター……ええと、こないだのS1で勝ったっていう……?」
「お、やっと覚えたなー?そうだよ」
「で、そのグループがどうしたって?」
「だからあ、出るの、SS」
「ふうん……」
妙にテンションの高い友人に連れられて、よくわからないままに連れてこられたステージの前。
煌びやかな舞台で、きらきらした衣装を纏い、全力で翔けるのは。
『変幻自在の魔術師、衣更真緒〜』
目を奪われたのは、ひとりの男の子。
「いさら、まお……」
たまたま迷い込んでしまった敷地内で出会ったあの男子は。毎度毎度人気のない場所で努力を重ねているあの人は。
きっと、このために頑張ってたんだ。
「おお、青葉は衣更くんがお気に入り、って大丈夫?感極まりすぎたの、泣きそうだよ」
「……ううん、なんでも。なんでもないよ……」
◇
「お〜?また迷子か〜?」
「違いますよ。今回ばかりは正真正銘、下心アリです。もしかしたら君にあえるかもって、それで待ってました」
「……」
「卑怯でしょ」
「知らなかったんです。知ろうと思ってなかったんです。でもねえ、知っちゃったから戻れない」
「かっこよかった、衣更くん。初めて見るのに魅入られちゃった。ありがと」
「これだけです。も一度会えて、良かった」
だから、こうして一方的に想いを伝える勝手なワガママを、今回だけは許してね。
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