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ねぇ、愛してるを続けよう



この子はいつになったら素直になってくれるのだろう。そう廉は、年下の恋人を見つめていた。遥は何のことはないという感じで、その赤い瞳を辞書に落としている。
せっかくの二人きりだというのに、色気のないこと。廉はつまらないとばかりに大きくため息をついた。
二人が付き合い始めて、数ヶ月がたったある日の話だ。


ぼんやり、と肘をつきながら辞書を眺めている遥を眺める廉。勉強熱心な彼は、こんな時でさえ辞書やら参考書やらを読んでいる。どうやら模試があるやらなんやららしく、その目線はといえば真剣そのものだった。勉強を邪魔すると遥は五月蠅いので黙ってはいるが、廉とて暇の限界が近い。わざとらしくため息をついてみたり、横でゆらゆら揺れてみたり…。しかし、遥の視線は中々動こうとしなかった。
はてさて、と廉は思う。
相手は中々手強い。そういえば他校との合同模試で絶対に負けられない相手がいるから…とかなんとか言っていたような気がする。全く、そんな奴のことなど放って置いて自分を構えばいいのに。そう廉は机の上に置いたお菓子の皿からポッキーを一本とり、口へ放りこんだ。口の中にチョコの甘い香りが広がっても、なんだかいい気分にはなれなかった。
今、彼の中はその負けられない奴でいっぱいで、自分など入る余地はないのだ。勝手な考えではあったが、そう思えば凄くイライラしてきた。廉という男はいつだって彼の頭の隅っこには自分がいないと嫌なのだ。だから早くこっちを向け、と思うのだがそのテレパシーは遥には届かないらしく目線はやはり辞書のままだった。

(愛が足りないぞ、愛が)

ムスッとしたまま、この惨めな思いをどうやって彼に知らしめてやろうかと考える。そういえば、付き合って幾らか経つというのに、廉は遥からちゃんとした言葉を聞いたことがなかった。ますます、どうしてくれようかという考えが強くなる。
そしてたどり着いた一つの考え。廉は遥の屈辱に染まる顔を想像してニヤニヤした。趣味が悪い、と言われるかも知れないが廉は遥のその表情が大好きなのだ。それに、こんな惨めな思いをさせられているのだ。少しくらいは許されるだろう。
「はーるかっ!」
ずいっと、彼の読む辞書の上に乗っかって読者を遮る。邪魔された彼は、心底邪魔そうな顔で廉を見下ろした。しかし、そんなことは気にしない。もうそんな顔出来ないようになるのだから。廉はそう心の中で思いながら精一杯の可愛い上目使いを作ってみせた。

「なんですか?」
「遥はぁ…俺の事すき?」

言われてひくり、と止まる彼。こういう事に過敏に反応してくれる事が可愛いということに何時になったら気付いてくれるのだろうか。…まぁ、これは気付いてくれなくて構わないのだけれども。
しかし、やっと遥の目が自分に向けられた。それだけで廉の気分はよくなる。
はずだったのだが。
「…別に」
なんて冷たく言われて、挙げ句辞書の上から払いのけられれば、そんな気分はどこへやら。

「…素直じゃないなぁ」

こうなれば意地でも言わせてみたくなるというのが男というものではないだろうか。それに、自分を放っておいた罰の代わりに少しの悪戯くらいなら許されるだろう。
また辞書へと目を戻し始めた遥の肩にそっと手を掛ける。
ちらり、と向けられた、その赤のまだ冷静なこと。それがどう変わるか、想像するだけでゾクゾクした。

「ね、俺のことすき?」

尋ねるのは先程と同じ。しかし、今度は耳に吹き込むように。吐息混じりのそれが、耳へと届くと遥は少し身体を跳ねさせた。逃げようとする頭を追いかけ、舌先で耳の縁をなぞる。ぬるり、とした感触が弱いそこを這う感覚は遥の身を捩らせた。
「ちょっ…ぅあ…っ」
「遥の口から聞きたい」
れる、と唾液を絡めた舌で柔らかい耳朶をねっとりと舐め上げる。そこに言葉を吹き込めば、甘ったるい吐息が遥の喉から漏れた。ちゅくちゅく、という水音が直接耳に届く、それだけのことだというのに敏感な彼には堪らない事なのだろう。ひっ…と遥の吐息が漏れる度、廉に熱が昇った。
びくびく、と身体を震わせながら弱々しい力で廉の身体を押し返そうとする遥の手。それを左手で包み、更にその奥へと舌を伸ばす。

「ひぅ…っ、し、知ってるくせ…」
「言葉にしなきゃ分からないよ」

小さく息を呑む彼に、啄むようにキスを贈る。ちゅっちゅっ、とそれは軽いものであったが散々舐められた敏感な耳はそれだけでも反応を返した。とろり、と溶け出した赤い瞳に胸が躍る。頑なな彼のこんな表情を見れるのは多分自分だけ、そう思うと廉の中の支配欲が満たされていく。

「ねぇ、言って…?」

欲にまみれたその言葉。それはじわりじわりと遥の心に届いて彼の心も溶かしたようだった。喘ぎを漏らさないように固く閉じた唇が、ゆっくりと開く。言いたくない、だというのに口が勝手に開いていく。彼のどうしようもない恥ずかしさが廉にも伝わった。頭を抑えた手を撫でる手に変えて、彼の黒髪を撫でる。

「はるか」
「好きだよ…バカ」

分かれよ。
そう言った彼の愛らしさといったら。意地悪してごめんね、大好きだから仕方ないよね、と彼の髪を撫でるとどんな理屈だと突っかってきた。しかし、熱の籠もった身体の素直さときたら。力の入らない身体をくてん、と廉に寄せて熱い息を吐く。

「責任…とれよな…っ」

これ以上恥ずかしいことはない、そう物語る遥の瞳に軽くキスをして、その場にゆっくりと押し倒した。

(title by cathy)



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