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キスの甘さ 6

身をよじればシーツの擦れる音がする。
火照った体に、人肌が移っていないその部分が掠れる感覚は妙に心地よかった。体温がシーツをぬるくしていく感覚も、今はどんな感覚にだって心が穏やかになる。さくらは、散々泣き腫らした重たい瞼をしぱしぱさせながら、自分の首の後ろに延びる青年の腕の付け根に、そっと触れた。しっとりとした肌は、少しだけ冷たくて気持ちいい。

「夢…みたいだな」

はぁ、とため息交じりに静琉がそう言った。
夢みたい、というのは情事のことではなく、その前のやり取りの話だろう。よくよく考えてみれば、寂しいだとか好きだとかそんな言葉が何度も繰り返されるような夜は今までなかったかもしれない。なんと珍しい夜だろう。感慨深いものを感じるのか、静琉は噛みしめるようにまた息を小さくはいた。
しかし、さくらはそれが気に入らないようで、指先で撫でていた静流の腕をぎゅうと抓りあげて見せた。

「あんだけ恥ずかしい思いさせといて、夢で片付けないでよ」

夢じゃないよ、という声には、口を尖らせたような拗ねた色がにじんでいる。抓りあげられても大して痛くはなかったが、まるで子供のようなそれに静琉は笑みを零してあやす様にさくらの頭を撫でた。

「いや。…俺も、お前のこと試してたんだなーって」
「…え?」

少し、さくらの気持ちがわかった気がした。態度だけではなく言葉が欲しいと言っていた意味も。人間とは不思議なもので、確かな気持ちが目で見えるようにあっても、保管するように言葉が欲しくなる。口数も会話する頻度も少ない藤咲の家を思えば、幼いさくらが言葉を求め続けてきた意味も少しわかったような気がした。

「ずっと、お前の言葉待ってたんだと思う」
「うん」
「言ってくれた時、凄く嬉しかった」
「うん…俺も…」

静琉の言葉はいつも嬉しい、と。
微睡む中、もつれる舌でさくらはそう言った。とける天色を縁どる濃い黒色がゆるりと閉じられていく。静琉の掌の温度に安心したのだろう。何か言いたげな唇が震えたが、発せられることはなかった。
ただ、口元は確かに静琉の名前を模っていた気がした。
ゆったりと頭を撫でる手を止め、露わになった肩にシーツを掛けてやる。
深く深く意識を落としていくさくらの、隙だらけの寝顔。緩やかに上下する胸の動きと息遣いを眺めていたら、静琉の瞼も重たくなってきたようだった。
もし夢だったら、酷い夢だ。こんなに儚く冷めていくなんて。そう思いながら静琉の瞼もいつしか閉じられていた。

明るみ始めた空、緩やかな光がカーテンの隙間から光を落とす。
寄り添うように眠るふたり。
だが醒めない夢は、もう少し続きそうだった。


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