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キスの甘さ 4

あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
さくらの涙や呼吸は次第に落ち着きを取り戻し、今は時折呼吸がしゃくり上げるだけになった。とんとん、と背中を叩く優しい静琉の手に安心しているのだろう。
子どもは心臓の音を聞くと安心するというが、強ち間違いでもないらしい。静琉のそれは、鼓動の間隔によく似ていた。

「落ち着いたか?」

ふーっと息を吐いたさくらに、優しい声色で話しかける。やっと喋れる状態になったのだろう、静琉の肩を掴み離れたさくらの瞳はまだ涙でしっとりと濡れていた。
「うん。…うん、ごめんね」
絞り出した声も涙声。涙腺が緩んだ今、些細な刺激でも涙につながるらしく、さくらが一つ小さく頷いた時に一筋涙が零れ落ちた。
「静琉」
「ん?」
ぐす、と鼻をならしながら袖で涙を拭くさくらの動きを眺めていた静琉は、名前を呼んだその声色に気付けなかった。すっと、左側の首筋に寄ったさくらの顔に胸が跳ねる。

「…バニラの匂いがする」
「あ…それ…」

胸の高鳴りも一瞬にして切り替わる。
その代り、静琉の中で肝が冷える音がした。
バニラ、ということは先程の女のもので、匂いが移るほどには傍にいたという訳で。多少なり復讐心があったものの、この状況でそれを思い出すのは、本当に嫌なものだった。まだ目元と鼻の先が赤いさくらに睨まれれば、苦虫を噛み潰したようにじわりじわりと罪悪感も溢れてくる。
さくらも、続けられない静琉の言葉に何となく察しが着いたのだろう。静琉の首筋に、頭を寄せると白く皮膚の薄いところにガブリと噛みついてみせた。刺すような痛みに、静琉は思わず眉間に皺を寄せる。

「ってぇ」
「うるさい」

地味に痛いそれに静琉が抗議の声を上げるが、さくらはまだ全然満足していない様子で。先程よりは痛くないけれども、同じような場所をカリカリと甘噛みしていた。痛いような、むず痒いような変な感覚に、静琉はさくらの頭を撫でた。

「それ…嫉妬か?」
「…うるさい」

ガリッ、と一際強く噛まれ静琉の声が引きつる。
やりすぎた、そう思って慌てて顔を上げたさくらに静琉はにんまりと笑って見せ、肩に置いていたさくらの手をそっと外した。ぐらり、と揺れる体に目を見開き、静琉にされるがままソファへ背中からダイブさせられる。軋むソファの音に見上げれば静琉が覆いかぶさっていた。

「ちょ、なにす…」
「お前さ」

するり、と頬をすべる静琉の手。
スマートなその動きに、トキリとさくらの胸は高鳴った。眼鏡越しに見える、鳶色の目。優しげに歪められたそれから目が離せなくなった。
どくんどくん、と自分の心臓の音が聞こえはじめ、また目元に熱が集まってくる。じわり、とまた滲み出した涙を指で掬いながら、静琉は笑って見せた。

「もうちょっと素直になれよな」

言い終わるか終らないか。
二人の影がゆっくりと重なっていく。


軽く触れた唇、それは新しい陶酔への第一歩だった。



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