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キスの甘さ 3

後悔先に立たずといった言葉はよくできている。
後悔は、後で悔やむと書くのでけっして先に進むことはないのだ。さくらは、以前にも全く同じことを思ったことを思いだして、学習をしない自分の馬鹿さ加減にまた、後悔を始めた。

時計の針は、電話をかけてからもうすでにぐるり一周を廻ってしまっている様だった。さくらの後悔は、時間にすると約10時間ほど前から始まっている。それは静流が電話をくれたその時からだった。

『…合コンだぞ』

その声色にいら立ちが見えたのは確かだった。
合コン、さくらは行ったことがないけれど女の子と出会う場というのは聞いたことがある。それに、静琉がダシとして使われていることも聞いて知ってはいた。つまり、その会には静琉を狙った女子たちがわんさか現れるということだろう。なんとなく、分かるし、静琉がそれに行きたくないと分かっているけれども、さくらはそれを止めることが毎回できないでいた。

『いかないで』

言えばきっと静琉は行かないでいてくれるだろう。
ずっと傍にいてくれる。確信がある。だからこそ、その一言が言えないのだ。言ってしまえばドロドロとしたものが止めどなく溢れてしまって、コントロールが利かなくなる。さくらは、その感情を良く知っていたし、その感情が人を壊してしまうのも知っている。
いっそ、嫌われてしまえばとは何度も思ったことではあるが、結局、自分が静琉じゃないと駄目なのだ、と気付かされる。しかし、気付いた時にはもう、遅いというのが常だった。それに、今は取り繕ってくれる人が誰もいないのだから。

真っ暗な部屋。暗い思考というものも、夜が深まるたびに更に奥深く沈んでいく。さくらはソファに膝を抱え、小さく蹲った。
目を瞑れば沈む感覚。そこはまるで海の中のようだ。どんどん深く、どんどん暗いところへ落ちていく。肺にも暗闇が落ちてきて吐く息すら、酷く苦しく、胸が締め付けられた。怖くて、明るいところに行きたいのに、言うことを聞かない身体は指先一つ動かすことが難しい。ここから戻れなくなる。そう思えばとじた目からじわりと涙があふれた。

「しずる…」

吐き出した言葉はどこにも届かず、暗闇に溶けていくはずだった。

「さくら…?」

名前を呼ばれ、顔を上げる。
パチリ、と固いボタンの音と共に驚いた顔の静琉がいた。

「しずる…」

光とともに見えた顔に、じわりと溢れた涙が連なり、ぼろぼろと列をなした。咽が引きつって、うまく呼吸することもできなくなってくる。
静琉が駆け寄ると、さくらの涙腺はおかしくなっていて止めどなく溢れ、泣くことを止めようとするさくらを苦しめた。ひくりひくりとしゃくり上げ、ただ静琉に縋り付くことしかできない。

「我慢、しなくていい。全部出せ」

残らず貰ってやるから、と。
優しく背中を撫でる温かい手に、さくらの涙は中々止むことがなかった。



(title by as far as I know)
(お題多少改変)




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