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キスの甘さ 2



時計の針はもう1時を廻ろうとしていた。
いつもは日付が変わる前にそうそうと立ち去る静琉であったが、今日はいつも通りではなかった。寧ろ、それどころか、だ。
普段なら、女の子が横に座ろうが、何だかんだでかわして、相手にしない彼がまさか談笑だなんて。ありえない、と友人たちは目を丸くする。
しかし、そんなことはつゆ知らず静琉の真横を陣取った彼女なんていうのはもうその気だった。静琉の太ももに手を這わせたり、腕に胸を押し付けてみたり。あらん限りのセックスアピールを静琉に見せつけていた。なぁ、そろそろヤバいんじゃないの?どこからともなく聞こえた言葉を尻目に、静琉は誰が頼んだかも分からない赤ワインを一気に飲み干した。


さくらから、あれから一切の連絡はない。
日を跨いで飲みに、なんてことを連絡なしにしたことがなかった静琉はそれなりにショックを受けていた。一応、飲み会の目的は伝えてあるし、さくらがどれだけ世間知らずといっても意味だってきっと理解しているはず。それなのにだ。

「ねぇ、静琉くん。もうすぐ終電終わっちゃうね」

ひそひそと耳元でしゃべる彼女。吐息は甘いバニラの匂いがする。
彼女が作ってくれた水割りを傾けながら、静琉の思考はまだ浮上しきれないでいた。
あいつにとって、俺はそれくらいの存在だったのか、なんて女々しいことを思えばふつふつと煮えるようなものがあった。それでも小さく燻っていた復讐心の方は次第に冷め始め、怒りだって段々冷めてくる。
そうすると残ってくるのはさみしさだけだった。

「みんな、盛り上がってるし。このまま抜けちゃう?」
「そう…だな」

独りよがりだ、とか、俺ばっかりだとか。
耳に息を吹きかけられる度、さくらの事が意識から遠のいた。それどころか、もう何を言われているのかも分からなくなる。彼女の問いかけに適当に返事を返せば、周りからのざわめきが更に大きくなった。

「ん、じゃあいこ!」
「ちょ、日向っ!」

ヤバいって、という声が聞こえたが今の静琉にはどうでもいいことだった。彼女に言われるがまま立ち上がり、店を出ようとした。
その時だった。後ろのポケットで、携帯電話が一度だけ、震えたのは。
ぼんやりとする頭で、携帯を取り出し名前を確認してみる。


着信履歴にあったのはさくらの名前だけだった。
留守電にならない、たった一回だけの、短いコール。
それは無意識に、けれど確かにさくらが静琉の裾を掴んでいたのだった。




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