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※刺めいた純情




ぼんやりと見つめる先。
その先にはいつだって、赤白のボーダーが立っていた。
なんとめでたい色だろう。ヒッキーはそう思いながら、彼を目で追う。彼は、いつもの通りオレンジと青色のボーダーを着た弟分をつれて、タイムトライアルに専念していた。
それを見ながらはあ、とため息をつく。何故あそこでタイムを計っているのが自分ではないのだろうと。時計さえあれば、自分だってタイムを測れるというのに。
わかっては、いる。それが自分の役割ではないからだ。
いっそ、彼が頼る全ての役割が自分の役割になればいいのに。







「ねぇ、ドッキー?」
「あ…、なんだよヒッキーじゃないか。俺に何かようか?」
汗をぬぐう彼に、声を掛ける。少しの休憩だろか、クイッキーはいない。今が絶好のチャンスという訳だった。
「少し話があるんだ。ちょっといいかな?」
「いいけど。練習中だから手短にな」
「うん」
何だかんだ言って彼は優しい。未だってそうだ。少し深刻そうな顔をしてそう頼めば、仕方ないといいながらもちゃんとついてきてくれる。本当に、優しい。優しいから皆を惹き付ける。
それは、ヒッキーだけではなく、本当に誰でもだった。ねぇ、皆の視線に気付いてる?と問いたい。みんなみんな、結局君のこと見てるんだよって。その中でも、僕が一番君のこと見てるよ、って。

「どこまでいくんだよ」
着いた先は森から少し入ったところだった。真っ暗で、学校の光が少し向こうの方に見えるだけ。じめりとして、何とも心地の悪い空間だった。でも、何も見えない方が逆にいいのだ。ヒッキーは指先で、小さく絵を描いた。
「おい、ヒッ…」
「ねぇ、ドッキー」
またドッキーに問いかけた。今度は酷く乾いた声だった。
振り返れば少し困った顔をしているドッキー。無理もない、ここに来るだけで多分、彼の休憩時間は終わっている。あの、弟分がもうすでに待っているかもしれない。クイッキーは時計だから、しかも彼との時間だけは特別だから、きっと寸分の狂いもなく、彼と待ち合わせしていた階段の踊場で待っているのだろう。それが酷く許せなかった。

「ねえ、ドッキー。僕は君にとっての何なのかな?」
「は…?何言って…」
「僕って、そんなに頼りないのかなぁ?僕は君のこと何でもかんでも全部してあげたいのに、君はそうさせてくれないもんね」
「だから、何」
「でも、僕考えたんだ。どうやったら君が僕にだけ頼ってくれるか。僕にだけ縋り付いて生きてくれるか」

溢れた独占欲が、形になる。
プラスチックというものは案外脆いものだ。それも、忘れ去られ、風化してしまったプラスチックというものは。
ごきゅり、とそれはそれはひどい音を立てて潰れ、落ちた。
まずは左肩から、次は右肩へ。赤で描かれたバットが、違う赤で染まっていく。つなぎを砕かれた腕たちは、だらんと腰の横で揺れた。何が起こっているか、分からないドッキーはただ与えられる痛みに声を上げ、冷たい土へと倒れこんだ。

「あーあ、駄目だよ。そんなところで寝たら風邪引いちゃうよ?」

でも、これで少しは狙いやすくなった、とヒッキーは足だけでずり下がろうとするドッキーに詰め寄った。手がなければ、旋風は出せない。なんと計算的なのだろうか。あの時から今までの時間の中でよくもこれだけのことを考えた自分に頭の中で拍手喝采を与えたい。そして、これまでのことをしても光を失わない、彼の瞳にも。
「お前…何考えてんだよ」
ぎり、とヒッキーを睨み付けるその目はまだ何も諦めてはいなかった。もう、七不思議になれることは出来なくて、存在さえも不確かになっていくだけだというのに、だ。けれどもそんな目の色にゾクゾクする。その瞳が、自分だけをすがるようになってくることを想像すれば尚更だ。

「何を…考えてるって?本当君って少しだけ馬鹿だよね」

あんまりの質問にヒッキーは思わず笑ってしまった。
何を考えているか、そんなの言わなくてもわかるはず。左膝を狙おうか、右膝を狙おうか。隠してしまうならどこにしようか。彼は酷く軽いから自分でも軽々と運べるに違いない。
繋がるのは全部一つだけだというのに。




僕はいつだって君のことばかり考えているよ




「…ッキー。おい!ヒッキー!」
「え、わ、な、何?」
とここで、いきなり現実に引き戻された。
少し上を見上げるとそこには先程まで睨みつけてきていたドッキーが、今度は呆れ顔でこちらを見ていた。
「あのな。別に偵察は構わないが、こんなとこで寝んなよ!」
「あはは、ごめんごめん」
そう謝れば、ドッキーは『ったく』と漏らして後ろを向いてしまった。どうやら、いままでのあれはヒッキーの夢の産物だったらしい。なあんだ、と少し残念なようなホッとしたような気持ちで眠い目をこすり立ち上がる。すると、とうに行ってしまったと思っていたドッキーが少し離れてそこに立っていたのだ。
「どうしたの?」
「ふん、まぁライバルが風邪で寝込んだとなったらこっちも張り合いがないからな」
「…心配してくれてるの?」
「別にそんなんじゃねェよ」
そう言いながらも耳を赤くしている彼。
くす、と笑えば『そんなんじゃないからな!』と顔を赤くしたかドッキーの顔が見えた。
全く意外と照れ屋なんだから、と心の中で思いながらふと夢の内容を思い出す。
きっとどんな顔をしていても可愛いのだから、怯えながらすがる表情もきっと可愛いのだろう。少し、そんな顔も見たかったな。

なんて、ヒッキーが考えていることを彼は知らない。

(Happybirthiday!SORATO!)
(title by 言い訳は割愛します)



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