めんどくさくて可愛いあいつ




温かな毛布にくるまって心地の良い闇に身を沈めていると、目覚まし代わりに設定しておいたアラームとは別の電子音が部屋に響き渡る。
私は体を起き上がらせることはせず、毛布から腕だけ出して携帯を探した。
指先に当たる堅い感触を確認すると、充電器を半ば乱暴に取り外して携帯を開く。
液晶の右上に表示された時間を確認すると夜中の一時をとうに過ぎていた。
こんな時間に誰だよと小さく舌打ちして、ぼやけた視界を拭うように目をこすって電話の相手を確認する。
その文字に数秒かたまって、めんどくさい相手だと、少し力の入らない指で通話ボタンを押した。

「もしもし…」
『もしもしやないわ!電話出んの遅いでー、お前!』

キーンという耳鳴りと共に、夜遅くに電話してきたのに悪びれもしないこの男に対して、少々殺意が芽生えた。
携帯を少し離して、彼に聞こえないように小さくため息を吐く。
再び携帯を耳にあてると、後ろから騒いでる声が聞こえた。

「なんですか、片山さん…こんな時間に…」
『こんな時間って、お前まだ一時やで?』
「日付が変わってる時点で”もう”一時、です…。で、なんですか…」
『終電逃してもうてん、泊めてー』

ああ、飲み会だったのか。
片山さんの背後の喧噪の理由に納得がいった。
私はもそもそとベットから這い出てかけておいたコートに手を伸ばす。

「今どこですか?」
『あー、××駅前』
「じゃあそこまで迎えに行きますから、そこで待ってて下さい」
『悪いなー』
「いえ、」

いつもの事ですから、と出かかった言葉をすんでのところで飲み込む。
余計な事を言うとうるさいからなあ、この人。
じゃあ、と言って電話を切ると、私はコートに袖を通して車の鍵をポケットに突っ込んだ。



片山さんの言っていた場所まで行くと、片山さんはすぐに見つかった。
いつものメンバーで飲んでいたのであろう、見知った顔ぶれがそこにあった。

「片山さん」

車から降りて片山さんに駆け寄ると、いつもより血色の良い顔をした片山さんがご機嫌そうに、おう、と片手を上げる。
私に気付いた他の面々にも軽く挨拶をされ、私も彼らと同様に軽く頭を下げた。

「おう」
「あ、畑さん。こんばんは」
「お前も大変やなー。こんな手のかかる奴と付き合ってるとか、人生の半分損してんで」
「はは…」

畑さんが意地悪そうな笑みを浮かべてそういったのを、私は笑って流すしかなかった。
そんなことない、と言えるほど私は嘘は上手くない。

「んやと畑!喧嘩うっとんのか!」
「お前に売るほど安ぅないわ、ボケェ!」
「誰がボケか、お前が…!」
「はいはい、片山さん行きますよ。じゃ、畑さん、皆さん、失礼します」
「ちょ、待て!おいこら畑!」
「あー面倒くさいなこの人は本当にー!」

半ば引き摺るように片山さんを助手席に押し込む。
扉を閉めて私も乗り込もうとした時、畑さんが私を呼んだ。
振り向くと、やはりあのにやにやと意地の悪そうな顔を浮かべている。

「たまには構ってやらんと、すねとるで、あいつ」
「…はあ…」

ほんじゃなー、と畑さんが片手をあげてヒラヒラと手を振った。
何が何だか分からない私も、とりあえず手を振り返して運転席に乗り込む。
車に乗ると、片山さんから発せられる酒のにおいが充満していた。

「うわ、酒くさっ」
「飲めばくさなる…」
「それはそうですけど…、」

車を運転しつつちらりと横目で片山さんを見る。
先程の陽気な雰囲気とは打って変わって、明らかに不機嫌そうだった。
むす、と唇を尖らせて、目は外へと向けられている。
少しだけ重苦しい空気に息が詰まりそうになりながら、信号の赤を見て車を止める。
ウィンカーのカチ、カチという規則正しい音だけが車を満たしていた。

「…何、不機嫌そうにしてるんですか」

喉に突っかかりながら出た言葉は、自分の声とは思えない位に小さかった。
片山さんは答えない。静かに車の外を見つめている。
お互い無言のまま、信号が青になって車を進めた。

「二週間」
「はい?」

自宅に戻るために薬局の角を曲がったところで、不意に片山さんが口を開く。
二週間って、何が?
私が理解できないでいるのを感じ取ったのか、先程まで黙りこんでいた片山さんが上体を起こして私の方に向き直る。

「二週間、会ってへん!」
「え、あ、ああ。そういえばそうでしたね」
「そうでしたね、って!お前、メールも電話もして来ぉへんし、ホンマ可愛げないな!」
「だって片山さん、仕事忙しいからなかなかメール返してくれないじゃないですか。電話も、タイミングが悪いのか出て貰えないし」
「お前、それは…」

片山さんの不機嫌な理由はそれか。
なんとも女の子みたいだ、と思うと自然と口元がゆるむ。

(畑さんが言ってた事も、こういうことだったのか)

大方、片山さんが酔った勢いで愚痴でも零したのだろう。
普段は喧嘩してばかりなのに、片山さんの愚痴を聞く畑さんは本当にいい人だ。

「…不安になるやん」
「え」
「一応、なんちゅーか…俺ら付きあっとるし…。それなりに、まあ…」
「………」

片山さんが顔を赤らめながら言う。
これは酒のせいではなくて、照れから来るものだろう。
いや、というかこの人はいきなり何を言い出してるんだろう。
私も恥ずかしさのあまり、ハンドルを握っている手に汗が滲んできた。

「お、俺だけ、はしゃいどるみたいで…なんか、あほらしい…」
「か、たやまさん…?」

片山さんは耳まで真っ赤にしながら、再び外を見る。
ああ、此処まで言わせてしまったのは私のせいだ。
片山さんとはそれなりに年は離れているし、彼は結構な有名人。
それに対して私はただの会社員で、世間から注目を浴びるような、飛びぬけて素晴らしい才能など持ち合わせていない。
私は一人、彼と自分を比べて、心の底で自分を卑下していた。

「なん、ていうか…」

ハンドルを握る手に力がこもる。
上手く伝えようと頭の中で言葉を探しながら、車は赤信号に足止めされた。

「片山さんとは住んでる世界が違うって思ってたんです」
「…なんや、それ…」
「ほら、片山さんはテレビとかにも映っちゃう人で、世間の人にも知られてる。けど私はそうじゃなくて、ごくごく平凡な会社員。釣り合わないな、って。だから遠慮してたんです」
「お前…」

片山さんは眉間に皺をよせていた。
信じられない、というような表情にも見て取れた。
そして片山さんが何かを言いかけて口を開いた…のを制止するように、私が先に口を開く。

「でも、今は違うんですよ」
「は?」
「さっきね、畑さんが『たまには構ってやらないと、片山が拗ねる』って言ってきたんですよ」
「あ!?」

片山さんがまた再び顔を赤に染める、忙しい人だなこの人は。

「何か安心しちゃいました。私も片山さんも、職は違えど本質は変わらないんだなって」
「意味が判らんねんけど」
「…私も寂しかった、って言いたいんですよ」

言ってから、かぁっと顔が熱くなった。
ふと視線を上げると、信号が赤から青に変わっていた。
車を発進させようと足を動かすと、首が左にグルンと向いて視界が変わる。
目の前には片山さんの顔、唇には熱くて柔らかい感触があった。

「…はっ…か、かた…」
「撤回する」
「は?」
「可愛げない、いうの撤回!」

ニカーっ、と八重歯が見えるような満面の笑みを浮かべながら、片山さんは言う。
久しぶりに見たな、この笑顔。
私もふっと頬が緩んで、自然と笑顔になる。
私はアクセルを踏んで車を前進させた。

「遠慮とかせんでええし!存分に甘えさせたる!」
「………片山さん、お酒とニンニク臭い」
「あ!?お前…ムードないな!」
「コンビニ行きますよ、片山さん」
「あ?なんで?」

マンションに向かうはずの車を、コンビニへと走らせる。
お酒は飲んでないはずなのに、自然と頬が熱くなった。

「ガムと、あと…ほら…」

甘やかしてくれるんでしょう?

その言葉に片山さんは一瞬だけ固まった後、やらしく笑って、顔を近づけてくる。
すべてを片山さんに預けるもの良いかもしれない、と二度目のキスをしながら思った。




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