過去ログ | ナノ






「あれ、冬獅郎だ」


反射的に開いた扉を見ると、そこには自らは滅多に顔を見せない彼の姿があった。書類も持っていないようだし、わざわざ何かを届けに来た訳でも無さそうだ。一体どうしたのだろうか。あたしは無意識に表情を強張らせた。


「珍しいね、冬獅郎が来るなんて」

「お前こそ。真面目に仕事してるなんて珍しいじゃねぇか」

「あたしだってやるときゃやるよ」


あたしがフフン、と胸を張って見せれば「威張るな」と冗談混じりに不服そうな声で言う冬獅郎。様子にあまり変わりはないが、そもそも彼がここに来る事自体がありえない事である為、あたしは少なからず動揺していた。いや、かなり動揺していた。


「冬獅郎は仕事終わったの?それとも休憩?」

「休憩でわざわざこっちまで来るかよ」

「そっか。じゃあもしかして非番?」

「…お前、何で最近十番隊に顔出さねぇんだ」

「え…」


無理矢理に話の方向を変えられて、動揺仕切ったあたしの思考が停止する。


「…いや、別に理由は」

「理由もなくお前がサボらなくなるなんて思えねぇ」

「だってほら、あたしだって隊長だし」

「嘘つくな」


真剣な顔で見ている彼の射るような視線から逃げるように、あたしは目を伏せた。何でって、そりゃあたしだって行きたいさ。冬獅郎に会いに行く事が毎日の楽しみだったあたしに、自分からそれをやめるなんて無茶な事、本トは出来る訳ないでしょ。理由が無い訳ないじゃないか。
ちらりと彼を見れば、苛立ちの中に不安そうな表情が伺えた。何だよ、なんでそんな顔するの。何のためにあたしがアンタに会いに行かないと思ってるの。本当は薄々気付いてる癖に。


「…冬獅郎、さ」

「…何だよ」

「――…結婚するんだってね」


あたしがそれを口にすると、彼は目を見開いて驚いた。もしかして秘密にしてるつもりだったのか。あたしだって伊達にアンタの近くに居た訳じゃないし、そのくらいの情報どこからでも手に入る。まぁこれはアンタのお嫁さんから聞いただけなんだけど。


「桃ちゃん、嬉しそうだったよ。幸せそうな顔して、“あたし結婚するんだ”って」

「…」

「よかったね冬獅郎。ずっと好きだったんでしょ?桃ちゃんの事」


嬉しい報告の筈だから、あたしは笑って見せるけど、でもだいぶ無理してる。上手く笑えている自信がない。作り笑いなんて殆どしたことが無かったし、冬獅郎が居れば自然に笑えていたから。
冬獅郎は何故、あたしにだけ秘密にしたのか、それが分からなくて、自分の気持ちを整理したくてあたしは自分の隊舎に篭っていたのに。まさか彼から出向いてくるなんて思ってなかった。ずっと押し殺していた感情は動揺の崩壊と共に溢れ出して、どんどんあたしを追い込んでいく。


「結婚式とかするの?桃ちゃん綺麗だろうなぁ、冬獅郎にタキシード似合うのか分かんないけど」

「…うるせぇよ」

(あ、喋った)


ずっとだんまりだと思っていた彼が口を開いた事により、淡く抱いていた可能性のほぼない疑問が打ち砕かれる。
毎日会いに行って、最初は無愛想だった彼も徐々に笑って答えてくれたりして。それが日常になっても、ただそれだけなのに嬉しくなったりして。そんな日々を重ねてるうちに、あたしの感覚はどんどん麻痺していった。ありえない妄想を現実だと勘違いしてたんだ。


(嗚呼、やっぱり君はあたし以外と結ばれてしまうんだね)


「…ねぇ、冬獅郎」

「……何だよ」

「お願いあるんだけど、さ」


無理に進めていた筆を止める。間を開けた彼の返事を聞き、あたしはイスから立ち上がった。久々に彼と向き合う。ああ、冬獅郎ってやっぱり小さいな、なんて本人に言ったらキレられるだろうけど、それでも男子にしてはやっぱり彼の身長はまだまだ小さかった。何であたしこんなヤツの事好きなんだろうとか、そんな疑問は解決しないけど、そんな事最初から関係なかったのに。そんな彼も、もう人のもの。あたしが独占していい存在ではない。いや、元々そうだったのをあたしが忘れていただけなんだけど。沈黙の中で不意に苦笑を漏らせば彼はまたいつもの不機嫌そうな顔をした。
あたしが左手を差し延べる。不思議そうにあたしを見る彼に、促すようにもう1度手を延べると、戸惑った様な顔をしながら彼も左手を出した。


「握手。あたしお金無いから、お祝いはこれで」

「だからって何で握手なんだ」

「今までありがとうの握手。あたしの自己満。握手なんて古典的な事、なかなか出来ないよ?」


笑って見せると、彼は眉をひそめながらも苦笑した。ヘンなヤツ、なんて言うからいつもの事でしょ、と返してやれば、なんだか自分も素直に笑えた気がした。


「式、呼んでよ」

「お前が笑わないなら、呼んでやる」

「大爆笑で」

「ふざけんな」


いつも通りの会話をして彼は何事も無かったように隊舎を去った。離された手にまだ彼の感触が残っている。誰も見ていないのに不意に愛想笑い。誰にも届かない事を分かりながら、あたしは口を開いた。


「ねぇ冬獅郎、あたし幸せだったよ。もう新婚さんみたいにさ。なんなんだろうねこれ。あたし結婚してないのに」


ハハハ、と苦笑。笑いながら壁に寄り掛かって、そのまま耐え切れずに壁伝いにしゃがみ込んだ。最後に触れた彼の感触が残る左手を握りしめながらおでこに押し付ける。あーぁ、左手なんて。もろ未練たらたらじゃんね。バカみたい。


「…好きって、言えなかったよ」




















(幸せになってください)
























110126
今年初、日番谷ですあけましておめでとうございます。そして何故初っ端から 失 恋 。そして g d g d \プギャー/最後のフレーズ以外「好き」って単語使って無いんだよ。ヒロインは多分好きって言ってる自分が恥ずかしくて言えなかったんだろうね。悔しいねこういうの。あーあ。書いてる途中泣いてしまった。それなのに g d g d \プギャー/
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -