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ついに魚は海を追い出されてしまいましたとさ。


箱入り娘、というか箱詰め娘というか。とにかく世間に放り出されることなく親の手の届く範囲内で育てられた彼女は、何の疑問もなく文字通り箱詰めされて許嫁の元に「良いとこ出の美人です」と箔押しまでつけて発送されるところだった。まぁでもよくある話で、そういう女の子って大体途中で違和感に気づいて性格歪むわけで、「いつか外に出てやる」とか「自由になりたい」とか身の程に合ったお姫様みたいなことを言い出すわけなんだけど。どうせこの子もだろうとそう思っていたら案の定。「いつか自由になってやる」とかちょっと勇ましいな、とは思ったけど大体歴代のお姫様達と同じだった。いつもなら途中で差し伸べた手を掴まれる前に引くか、掴まれてもさっと振りほどくか。所詮箱の中しか知らない女の子の力だから振りほどくなんて造作もない、物理的にも思考的にも。決してこちらからは掴まずに縋るのを見ているだけ。でもそれもいつもなら、の話。


人魚に憧れた魚は、魔女にお願いをしたのです。


もうそれはお願いでも何でもなかった、ただ「自分を逃がせ」と命令というか決定事項を突きつけるような。振りほどこうとしても振りほどけない、しっかり掴んで離さない。今までのお姫様達とは違う、傲慢な女王とも違う 地の底から這いつくばってくるような 海の底から湧き出るような感じ。信じられないほど真っ直ぐに見てくる目に負けて俺はその手を握り返していた。
俺を魔女だと彼女は言った。それなら俺は女じゃなきゃいけないんじゃないかと返すと、なら魔法使いでいいと言った。でも魔法使いより魔女の方が何か企んでそうで俺に似合いだと笑った。

魔女に関わったものは追放。

あっさりと、彼女の家は彼女を手放した。追放なんてよくいったものでそれはもうあっさりと、ただ切るべきものを切り離したという感じ。まるで壊れたグラスのように、とか言うととても高級な気がするから「まるで千切れた輪ゴム」くらいでいいかもしれない。そのくらいあっさりだった。あの家にとって彼女の価値はその程度だったのかと俺が驚くぐらいで、当の本人は「だろうな」と言って苦笑しながら走っていた足も止め、あんなに強く握っていた腕もすぐに解いてしまった。特に振り返ることもなく当たり前のように外に出た彼女はせめて逃げ延びた気分を味わいたいと再び軽く手を引かれ公園の小さな丘に着くと、その場に寝転がって思い出したかのように大げさに笑った。


「ついに魚は海を追い出されてしまいましたとさ」


魚なんて海には数え切れないほどいる、何不自由なく泳いでいる。たかがその内の1匹が自惚れて陸に上がりたいとほざいたところで、海に住む者的には「はいそうですか」で、もう2度と戻ってくるなと言われてしまえばもうそこで海での生活は幕を閉じる。
彼女は分かっていた、自分が特別な存在ではなく「海に住む魚の1匹」であることを。1度逃げ出せば後から手を引いてくれるものなどいないことを。彼女は人魚に憧れた。逃げ出して追われることを期待していた。自分が特別であることを望んでいた。


「でも違ぇんだよなぁ、現実って」


追い出されたというか、最早飛び出して戻れなくなっただけだろ、なんて。
追われることを期待して 当然のように捕まって連れ戻される人魚と、追われることを期待しても何事もなかったかのように切り離される魚。陸にあがることを禁じられている者と、あがりたくなくてもあげられてしまう者。そんな決定的な違いを彼女は理解していた。あるようでないような掟をあえて犯して、自分の希望を粉々にして、彼女は本当の自由を手に入れた。紛うことなく自分の力で。


「ねぇ」

「何?」

「魔女でも魔法使いでもないなら、あんたは一体なんなんだろうね」


丘に寝転ぶ彼女を見ながら、ふと考える。最初こそ自分も姫攫いぐらいの気持ちでいたのだが、結果を見れば価値のない魚1匹勝手についてきたというだけ。骨折り損のくたびれ儲けとはこういうことを言うのかと思いながらも、少しだけ赤い彼女の目元を見ながら柄にもなく悪くないな、と思ったりするわけで。通りすがりのイケメン漁師ぐらいでいいんじゃない?と自分でもダサいと思っていたら、思いっきりダサいと言われ、挙句 こんなちっぽけ魚1匹なんて漁の腕はからっきしなのね。とバカにされた。
いいんだよ、ちっぽけでも。独り言のつもりで呟いた言葉に彼女はこちらを向いて何がいいのか、と言いたげに表情を歪めた。そりゃ人魚になりたかったんだろうから、ちっぽけでもいいなんて言われたら不服だろうけど。
所詮俺は魔女でも魔法使いでもなかったんだし、姫は宝でも人魚でもなかったんだから仕方ない。


「水槽にでも入れて育てるさ」


そういうと彼女は 金魚かよ、と言ってまた笑った。















(それもとても苦しそうに)



















140104
白湯様の企画サイトに提出する用に書きました。久々折原めちゃめちゃむずい。
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