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彼女の母親が亡くなった。倒れて病院に運ばれて、数ヶ月してぽっくり。地元に帰った彼女はよく知りもしない親戚達に助けられながら遺族の一連の流れを済ませて疲れ切った表情で東京に戻ってきた。ちなみに彼女の父親は小学校の時に亡くなってるし兄弟も居ないから彼女にはもう直接的な肉親は母親が最後だった。おかえり、と心配もしていなかった風に言うと「ただいま」と少し笑って返ってきた。


自立しなさいって、お母さんの口癖だったの。本当にアンタは1人じゃ何も出来ないんだから、いつまでもお母さんがいる訳じゃないんだからって。


人が居なくなったからといって時が止まるわけでもなく、ごく当たり前に時計は進んでいく。帰ってきてからの彼女は少し口数が減った。肉親を失うのはこれが始めてではない訳だが、やはりショックは拭えないのだろう。
彼女は母親が本当に好きだった。自他共に認めるマザコンで、自分の事は殆ど無意識のようになんでも母に話してしまうし、隠し事をしようにも自ら暴露してしまう程度には心を許していた。対する母も大したもので、彼女が何気無く言った事にテキトーに相槌を打ったように見えてしっかり覚えている。ただただ甘やかしているのかと思えばそうではなく、叱るし受け流すしたまに理不尽に怒ったりする。誰がどうみても娘思いの母親なのは間違いないのだが、寧ろ彼女と彼女の母の関係は「親子」というより「親友」に近かった。一見普通に振舞っている彼女だが、俺から見ればまだまだ精神的ダメージが大きいことは一目瞭然だった。
洗濯物を畳んでいる彼女を眺める。なんの変哲もない日常の動きだが、殆ど毎日のようにしていた母の話をしなくなった彼女の姿はなんだかいろんなことを思わせた。


「大丈夫?」

「ん?何が?」


平然を装った返事だが、こちらを向いた彼女の目元にはまだクマが残っている。変に無理をしている時の表情だ。バカだなぁ、上手く嘘もつけないくせに無駄に強がるんだから。昔っからこう。だからほおっておけない。


「あたし、引っ越すよ」


彼女はそう口にした。洗濯物はとうの昔に畳み終わって綺麗に俺のものと彼女のものに分けてある。俺の服を手に取ると立ち上がって慣れた足取りでクローゼットに向かう彼女、それを見ながら俺はさっき聞いた言葉の意味をぐるぐる考えていた。引っ越す?と聞き返すと、「うん」とだけ。地元に戻るなら未だしも、東京で新しい家を探すなんてことをするくらいならここに居ればいいのに、なんでわざわざそんなこと。


「どこに?」

「秘密、なんとなく目星はつけてあるけど」

「地元じゃないでしょ」

「まぁ、いつまでも臨也に面倒見てもらってる訳にはいかないし」


いいのに、そんなこと。と、言いたかった。恐らく、彼女の表情を見なかったら口にしていたと思う。彼女は笑っていた、最近は見なかったカラッとした笑顔で。決意を固めたとかそういうのではない、普通に 本当に普通に。子供みたいな空っぽの笑顔。呆気にとられて俺は音にならない声を開いた口からこぼすようにそれを見る。何その顔、すーごい間抜け。とクローゼットを閉める姿は、何でもないことなのにまるでこれが最後と告げているようで俺は思わず乾いた声で笑った。
秘密、か。何だろう、凄く息が苦しくなった。多分俺がどう聞こうと彼女が転居先を教えることはないだろう。だって、つまりはこれが別れ話だから。


自立ねぇ?いいんじゃない?ずっとここに居れば



呆然と部屋を眺めた。彼女の消えた自分の部屋。何の未練もなく、巣を離れて飛んでいく鳥のように彼女は少しも振り向かずに去っていった。その後姿に期待した「引き止めて」の合図も無いままに、ここに残るのは微かに残った彼女の香りと1人になった俺だけ。あ、そうだ 俺は今水でも飲もうと立ち上がったんだっけ、なんて思い出してキッチンに向かう。蛇口から当たり前のように流れる水を少し少なめにグラスに注いで一気に飲み干す。何もかも空っぽになった俺の中を、彼女が居なくなった後も当たり前に通り過ぎていく水道水の感覚が何だか突然とても憎くなって、飲み干したグラスをシンクに転がした。














(君は彼方に、俺は)




















130808
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