BLEACH | ナノ






雨が降っている。流魂街の端、北と東の間、深い霧、人はいない。特有の黒さを含んだ雲に覆われた空の下、俺は10年前の今日と同じように立っている。あの日消えた彼女を探して、また今日もこの場所に立っている。
蝶の好きだった彼女はあの日も蝶を追ってこの林を駆け抜けて、霧に潜って、姿を消した。それ以来、彼女の姿を見たものはこの10年居ないし、どれだけ探しても見つからないまま、白い中を彷徨うように彼女を探し続ける俺をいろんな人が止めた。霧の消えないこの場所に入ったが最後、みんな彼女はこの霧に囚われてしまったんだと言った。だから、そんな事をしていたら俺も囚われてしまうと。
今ではそんな事をいう人も居なくなった。あまりに時が過ぎてしまって、沢山の人が何事もなかったように過ごし始めていた。確かに彼女の存在を残しながら。
彼女の居た場所はまだ空けてある。彼女が失踪した後もその地位に就いた者は居ない。十三番隊の副官と同じ扱い、彼女の名誉に対しての最大限の敬意。そう、死者に対しての計らいだ。


「…」


他人が「彼女は死んだ」と口にするまで俺はその考えに至らなかった、彼女が死ぬなど考えた事も無かったからだ。俺は彼女が死んだなんて信じていなかった。いや、今も信じていない。いつか、いつか帰って来るのではないかと思って、俺はまたここに来たのだ。
ふと彼女の名前を呼んでも返事がくる事は無い、来た試しがない。分かっていながらに試してしまうのは俺がまだ弱いからなんだろうか、まだ望みを捨て切れないでいるからなんだろうか、そう思う自分が嫌だった。着々と世間に流されて、お前が死んだと納得してしまっていってる事が分かっているから。
宛てもなく霧を見ていた。数メートル先も見えないような深い霧をただ眺めていた。彼女の姿が見えないか、それだけを希望に。

ふわり、と。現れたのは紋白蝶で、俺は目を疑う。この霧の中で生物を見たのは初めてで、一旦ここに踏み入ると生き物の存在をすっかり忘れてしまうから。ゆらゆら小さな羽で俺に向かってくるそれは、俺の周りを一周するとまた霧の中へ。無意識にそれを目で追っていたが、蝶がまた霧に消えてしまったところで俺は夢から覚めたような気分になった。呆然と蝶の消えた方を眺める。ゆらゆら動く霧の中、影が見えた気がした。まだその辺に蝶が居るのか、と思いながら見ていると、その影がどんどんくっきりと、大きくなっていくのが分かった。まさか、そんな事があるわけがない。待ち望んでいた事なのに何故か俺は頭の中で否定し続けていた。多分、そうじゃないとやっていけなかったんだ。この10年という長いようで短いような期間は余りにも俺を絶望に近づけた。
蝶が現れる。その先に待ち望んでいた姿が、確かにあった。


「あれ…?」


何が起こっているのか分からない、といった様子。久々に見るその表情は相変わらずで、不意にもれた彼女の名前に驚いたようにこちらを見た。


「冬獅郎…とうしろ、!」


ほら見ろ、確かに生きていたじゃないか。彼女は今ここにいる、俺の目の前に立っている。確かめるように俺の名を呼びながら抱きついてくる彼女の感触を懐かしく思いながら、そう数分前の自分に文句を言った。そんな俺の腕の中で彼女は、ボロボロ泣きながら俺の胸に顔を埋めている。何度も俺の名前を呼びながら。
彼女はこの10年間、どんな日々を過ごして居たのだろう。どんな思いをしたのだろう。どのくらい辛かったのだろう。どのくらい寂しかったのだろう。全ての疑問が彼女の行動に集約されていて、胸が締め付けられるようだった。


「逢いたかったっ、冬獅郎」

「…あぁ」


強く掴まれて皺を作る死覇装が彼女が居なくなってからの日々を思い出させた。彼女が居ない日々、何もかも空白、穴だらけのような感覚が今1つ1つ埋まっていく。こんなにも俺は彼女を大切に想っていたのか、自分でも驚く事実だった。彼女の肩を抱きながら、俺は先程の紋白蝶を目で追っていた。俺らの再会を祝福するようにひらひらと舞った蝶は1度彼女の髪に少しだけ触れると、また深い霧の中に姿を消した。
あの蝶は寂しかったのだろうか。だから彼女を連れ出したのだろうか。淡くそんな事を考えながら、俺はその蝶を見送った。きっと蝶なりの挨拶だったのだろう。
その羽ばたく姿はまるでさよなら、と告げているようだった。












(霧は、晴れていた)




















130815
過去ログからリメイク版というかあんまり変わってないというか劣化したような気もするような
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -