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狭いっ言われる東京の空も、ここまで来れば殆ど開けたも同然だろう。自分の住むマンションの屋上まで来た俺は、何処までも続く夜空を見上げていた。
「やっぱりここに居た」
階段に続く扉の方から聞こえたのは、外ならぬ名前の声。少し呆れた様な表情で、彼女は屋上の中央まで歩を進めた。
「来てたんだ」
「呼び出したのはどっちよ」
「まだ来ないかと思ってた」
呼び出した事は忘れてないよ、と付け加えても、彼女の表情はあまり変わらない。見た目ほど機嫌が悪い訳ではなさそうだし、わざわざ彼女のご機嫌取りなんて俺はしない。
俺が床に座ると、彼女も隣まで来て座る。風邪引くよ、なんて彼女は言うけど、そんな事言ったら名前も一緒だ。第一そんな事態になった事もないから大丈夫。
「本ト、屋上好きね」
「別にここが好きなんじゃないよ。空が見たいだけ」
昼間の空は明るすぎてあまり好きじゃないけど、夜空は好きだ。散々人が好きとか言ってたから、他人が見たら何を今更と思うかもしれないが。
空は地球が存在している限り無くならない、絶対に人が消失させる事の出来ない自然物。人はそんな空に想いを馳せるのが好きだ。
何も無い、ただ宇宙へと繋がるだけの空間に、神を見たり楽園を見たり。科学的には何も証明されていないのに、人々は想う事を決して止めないのだ。
夜空ではその威力が増している気がする。暗闇の中にただ星が光っているだけで、人は愛する人や大切な人の事を考えたり、時には祈りを捧げたり願いをかけたり。意思も思想もない天空は、その存在だけで人を操る。望んだ訳でもない力で人を動かしていく。
そんな誰も侵せない唯一無二のモノ。俺は空が好きだ。
「ねぇ、名前」
「何?」
「ひざ枕」
「ふざけてんの」
悪態を付くものの、渋々了承してくれる名前。しばらくはムスッとしていたがそのうち表情を作るのにも疲れたようで、彼女は仕方なさそうに膝を折った。
「子供みたい、臨也」
「そんな子供みたいなヤツの事が好きなんだろ?名前は」
「まぁね」
さらり、と彼女の髪を風が撫でて乱す。目に掛かりそうな髪を退かしてやると、名前ははにかんだように笑った。
優しい歌が聴こえる。空に向かって歌う彼女の姿。背景には夜。子守唄を思わせるその歌声に反応するように、一瞬星が瞬いたような気がして、俺は満足して静かに瞳を閉じた。
この声で眠って
(暗い 暗い 惑星で 2人)
100908
誰 原 !だそくりあ好きだ!くりあCD発売おめでとう!臨也のマンションの屋上ってグリーンルーフとかになってそうだよね。