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人と会わないように歩くなんて神経を使うことをしたこともなかった。日本じゃ1番人が集まるこの東京で、しかも池袋である特定の人物を探し出してそいつに接触しないように歩くなんてこと、単純に生きてきた俺には至難の技だった。
ので、度々出くわす。
「あ、静雄!」
「!」
遠くで聞き覚えのある声がして振り返ると人と人の間を縫って走ってくる彼女の姿が見える。やはり避けていたとしてもこの格好じゃ嫌でも目立つらしい(トムさんに聞いた)。逃げようにはここには横道もないしあからさまに目の前で走り出すようなことはしたくなかった。俺の前までたどり着いた彼女の頬には痛々しいガーゼがテーピングされていた。
「やっと見つけた」
「…何で来た」
「何でって、静雄に会いたかったし」
「もう俺に近付くなって言ったろ」
「何でよ」
疑問符も付けず不機嫌そうに問う名前。左頬を覆ったやや小さめのガーゼから覗く腫れの名残が俺が名前を遠ざける理由だった。
いつものごとくチンピラに絡まれた時、たまたま彼女が一緒に居たのだ。情けないとは思うが、あの人数を相手にしていては流石に視界も狭まる。一瞬の隙をついて、アイツらは名前を狙ったのだ。周りを跳ね退けて名前に近付こうとするヤツらを1人残らず蹴散らしたつもりだったが、彼女の左頬は既に腫れていた。
名前を守れなかった。俺の所為で傷付いた。
またいつ同じことが怒るかも分からない。紛れも無く俺の力不足が招いた結果だった。
「…まだ治らないんだな」
「でももう全然痛くないんだよ。ちょっと大袈裟に見えるけど」
「そうか」
暴力や社会の闇みたいなものとは無縁の“表”の世界で生きている彼女にとって、あんなことに巻き込まれたことは相当ショックだっただろう。忘れられるはずもないし、思い出したくもないだろうに。それでも今は少しでも今までと変わらない様子であることが嬉しかった。
「電話もメールも返信ないし、外探しても見失うし。どうしようかと思った」
「…すまん」
「でもいいや。結局会えたわけだし」
俺は会わないと思っていた。会えないと思っていた。俺の近くにいたらまた彼女が被害にあうかもしれないのだから。
あの時俺は初めて自分の所為で大切なヤツが傷付くのを見た。今まで自分の力を別に驕っていたわけでも、誇っていたわけでもないが、この力を持って助けられなかったという事実は俺の中で思ったよりトラウマになっているようだった。今の俺には名前を守りきる自信がない。
「…名前、あのな」
「言っちゃやだ」
即座に言葉を遮られる。少し俯いた彼女は、不意に俺の右手をとってガーゼの付いた左頬に当てた。
「静雄って本ト分かりやすいよね。考えてること全部顔に出てる」
「な…」
俺の右手を包み込むようにして、何故か嬉しそうに笑う名前に、俺は何も言えなかった。幸せそうに目を閉じている彼女を見つつ、かける言葉も見つからないまま俺は見慣れた彼女の小さな手にただ安心していた。
「そばにいさせてくださいよ、静雄さん」
そうやって、彼女はまた笑った。
鋏を切り捨てる勇気を
(もう二度と、傷付けない)
111021
シザーハンズ(´д`)元々話があるから難しい…そしてよくある静雄の話になってしまった…本トはもっと直接的に静雄さんがヒロインを傷付けていたらそれっぽいのかもしれないけど我は優しい静雄さんが好きですすいません言い訳です本トは難しすぎて自分ねレベルがついてきませんでした。