過去ログ | ナノ
「飛び降り?君にしてはベタだね」
「…臨也…」
見下ろしても闇が広がるだけのごく普通のビルの上で、臨也は彼女に声をかける。落ちる寸前で振り向くと、名前は苦笑しながら言った。
「独り寂しく死ぬのに、何か大掛かりなセットが必要?」
「まぁ君がそれでいいなら俺は何も言わないけど」
「何しに来たの?」
「君の最期を見届けに?」
「何その疑問形」
臨也らしくないね、なんて小さく漏らす彼女の姿を見ながら、臨也は複雑な心境だった。
ずっと前、学生時代から知っている“自殺志願者”の彼女。しかし彼女は言った事が無いのだ、“死にたい”と。
常に世界から一歩引いて、常に世界から疎外されているような目をしている彼女の様子が、臨也に“自殺志願者”と認識させたのだ。確証は無かった。今、目の前に彼女が立っているのを見るまでは。
「死ぬ気、なんだ」
「そうだけど何か?」
「何で?」
「情報屋さんって死ぬ理由まで集めるの?」
「まぁ、聞いといて損は無いかな」
「……そう、ね」
変わらずすれすれの所に立ちながら臨也の質問に答えるべく回答を探す名前。ゆっくりと目を閉じると、彼女は柔らかな微笑みを浮かべた。今から死ぬとは思えない程、満ち足りた表情で。
「答えが、見付かったから。かな」
「…答え?」
自然に上がった口角をそのままに、目を少しだけ開いて自分の過去を振り返るように俯く彼女。何故か一気に不安が渦巻き始める臨也の心。それに堪えるように、臨也は手に力を込めた。
「振り向いてくれないんだなって気付いたんだ、ずっと好きだった人が」
よくある“フラれた”という理由ではない。“振り向いてくれない”。彼女は諦めたのだ、自らの恋を。
(…………シズちゃん、か)
不意に思い出す世界で1番憎らしい相手の顔。臨也はギリ、と下唇を噛む。そんな臨也に気付くこともなく、名前は自分を嘲笑うように呟いた。
「やっぱり離れて見てるだけじゃ、何も変わらないんだよね、臨也」
「………名前?」
「……そろそろ、行くわ」
振り向いていた体を元に戻して、名前は覗き込むようにして路上を見る。強い風が吹く。それに押されるようにして、彼女は地面に向かう暗闇の中に落ちて行った。
かのように思えた。
ふらり、と揺れて止まる名前の体。彼女を引き止めたのは、臨也の右手だった。
「引き止めると思った」
「…何で?」
「自分の思った通りに行かないとムカつくだろうから」
少しだけ斜めに揺らいだ彼女の体を落とすまいと右手に力を込める臨也。グイ、と彼女を引き戻すと、バランスを取るために彼女の体を自分に引き寄せた。名前の表情は変わる事なく、何かを悟ったように清らかだった。
「そんな我が儘臨也くんをもっと不本意にしてあげる」
「…なにそれ」
名前はまた苦笑する。今自分がどういう状況にあるのか理解しているのか疑問に思う程、幸せそうな視線を彼に向けながら。するり、と彼の耳元に口を寄せる名前。そしてそのまま小さく呟いた。
「 、 」
ポン、と肩を押される。彼女は臨也を屋上の中央へ、自らを闇に押し出すように彼を引き離した。時の止まったような感覚。気付けば彼女は笑って暗闇に消えていくところだった。臨也は反射的に彼女に向かって手を伸ばす。しかしその手はただ空を切るだけで虚しくも彼女に届く事は無かった。
長い髪を揺らしながら深い闇へ落ちていく名前の姿。彼女は臨也の捉えられる最期の時まで微笑んでいた。全てから一線離れたところから、目の前にいる彼を、ただ愛おしそうに。
―――好きだったよ、臨也。
もっと素直に引き止められたなら
(君はもういない)
100606
RAD泣けるよね、みたいな。全然歌詞に沿ってないんだけど、泣けるよね、みたいな。