過去ログ | ナノ
薄暗い部屋の中で少女は豪華なベッドの中に埋もれていた。世界の全てを否定するように、ただ暗く、ただ重く。
閉められたカーテンの隙間からは月の光が差し込んで、彼女の“孤独”をありありと演出していた。
「……」
1人ということもあり、何を話すわけでもない彼女。だが彼女の中ではいろいろな思考が渦巻いていた。
何故自分はこの家に居るのだろう。何故自分には自由じゃないのだろう。何故自分は生きているのだろう。何故自分は生まれてきたのだろう。
それを考えはじめたのはいつだっただろうか。物心ついた時以来、そんな思いを抱え続けている気がする。どれだけ考えても答えは見当たらないが、彼女はそんなどうしようもなく鬱屈した思いだけを心の中で繰り返していた。
不意に窓が軋む音がした。彼女はそれに過剰な程のに反応を示し、バサリと音を立てて起き上がると、音のした窓に目を向ける。月の光が何者かに遮られている。真っ直ぐに進んでいたはずの光は、誰かの背に当たり影を作り出していた。
「あれ?鍵開いてる…うわ、しかも起きてる」
黒い髪、黒いコートを纏ったその青年は、さもそれが当たり前のように部屋へと進出してきた。少女は内心の動揺を見せるわけでもなく窓際のその姿を見ている。周りをキョロキョロと見回すと、彼は安心したような溜息をついた。
「監視カメラとかは無さそうだ」
「…」
「…苗字、名前ちゃんだね」
無言の彼女の様子を青年は肯定と受け取ったようで、満足げに口角をあげると、少女の思考を見透かしたように言う。
「何だお前って思ってるでしょ?表情があからさまだね。怖がってるの隠しきれてないよ」
「……」
「俺は折原臨也。君の父親の知り合いの、素敵でカゲキな情報屋さんさ」
―――…オリハラ、イザヤ。
聞いたことがないわけではない。寧ろ、父が彼と知り合いという時点で、“父への信頼”がガタ落ちする程知っている。
折原臨也。現在は新宿を拠点としている、世の中の闇に巣くう“情報屋”の1人である。
少女――苗字名前は、情報屋という職業を快く思っていない。人の命を簡単に奪ってしまうという固定観念の元、“犯罪に最も近い職種”と認識している。
そんな人間が何故ここに。父の知り合いという事に関しては、この家に来る理由も理解出来る。しかし、何故自分の部屋に、“窓から”?
「いやーまいった。君の父親、協力仰いでた企業を裏切ったらしくてね。俺的にはそっちの企業を応援してたから焦ったよ」
初めて会ったというのに馴れ馴れしい態度。人の父に対しての敬意が全く見られない。そんな臨也に対して名前は深い嫌悪感を覚えていた。
「そんな嫌そうな顔しないでよ。君、父親嫌いなんじゃないの?」
図星。自分は父が大嫌いだ。人を平気で利用してのし上がってきた大悪党だと全世界に言って回れる程に、自分の父親は最低人間だと彼女は思っていた。黙ることしか出来ない彼女に、臨也はクスリと笑ってみせる。
「このくらいでヘコまないでよ。本題はここからだ」
どうやら父の厭味を言いに来ただけではないらしい。彼は自然に壁に寄り掛かりながら、少女を見ずに続ける。彼によって開かれた窓から風が吹き込んで、部屋の温度は先程より低くなっていた。それでなくても冷めきった空間の中で、臨也は“本題”を切り出した。
「君のお父さん、もうすぐ」
「殺されるってさ」
耳が他の全てを拒絶したように、彼の低い声だけが耳に響く。風の音も時計の音も、自分の心音さえも耳に入らず、ただ絶望的な死亡予告が告げられる。少女はベッドの上で起き上がったままの状態で動けず、彼を見て目を見開いていた。
―――…お父さんが、殺される…
元々信頼していたわけでも、家族の中の愛があったわけでもない父。それが今いきなり殺されると冗談のように言われるだけで、心臓が潰されるような衝撃が走った。今まであまり意識したことがない父の姿が、ぼんやりと脳裏に蘇る。
「…何を、」
「あ、やっと喋った。流石にショックだった?」
「…!!」
言葉にならない怒りが沸き上がる感覚。臨也の言葉に対してではない。父が死ぬ、“ただそれだけの事”に、自分が動揺している事に対して腹が立ったのだ。それを見透かして嘲笑っているような彼の態度。プライドがずたずたにされたような不快感だった。
「さて、そんな傷心中のお姫様に素敵な提案だ」
睨みを利かせてみるものの、薄暗い部屋の中ではあまり意味を成さない。尚も変わらない臨也の様子に、名前は苛立ちを募らせていった。
「俺と一緒に逃げないか?」
あまりにも自然に告げられた言葉に名前一瞬反応を返せない。その意味を理解すると、驚きと同時に疑問が湧いた。
「なんで?あたしを連れて行ったって意味なんて無いでしょ」
「君の父親が狙われてるんだ、いつ君に被害が及ぶか分からないだろ?」
「……人質、」
「まぁそういう言い方もあるかもしれないけど」
隠すそぶりもなくさらりと言ってのける臨也。だが名前はそんな臨也に気を許すわけではない。依然睨んだままの視線を外さずに臨也の提案に耳を傾けていた。
「俺のところにくれば、俺は人質が取れる。君は嫌いなお父さんからも離れられるし、身の安全も確保出来る。一石二鳥じゃないか」
「…身は安全とは限らない」
「そうだったかな」
おどけたように笑う臨也に、少女の心が少しだけ揺らぐ。父から離れられる、つまりは“自由になれる”という事。ずっど望んできた機会がやっと巡っていたのだ。睨んでいた視線を足元に落とす名前。その様子を見ると、臨也は彼女に気付かれないようにニタリと口角を上げた。
「どうする?こんな機会2度と無いと思うけど」
追い込むような彼の言葉。ベッドに座り込んだままの彼女は臨也の表情には気付かない。それをいいことに臨也はカツリ、と靴音を立てながら彼女のいるベッドに近付いた。
「…あたしは、」
「まぁさ、最初っから君に拒否権はないんだけど」
「…!」
迷っていた彼女の思考を無理矢理に断ち切るように臨也が残酷な言葉を告げる。反射的に顔をあげると目の前には臨也が立っていた。あからさまにたじろぐ名前を見ながら、臨也は変わらず嫌らしい笑いを浮かべていた。
「さぁ、お手をどうぞ」
差し出される右手。窓から入り込んだ光で指輪が光っていた。目を見開く名前の頭の中では、今までの父への嫌悪と、今自分が置かれている状況、臨也に対しての恐怖と、希望が渦巻いていた。戸惑いつつもゆっくり手を伸ばすと、その瞬間に手を捕まれ勢いよく引かれて、名前は彼の胸元に飛び込んでいた。
「女の子って、こういうの好きでしょ?」
新しい玩具でも見つけたような無邪気な笑いを浮かべながら、臨也は掴んでいたのとは逆の手で彼女の顔を自分の方へ向ける。何が起こったのか理解出来ない名前を、抱き寄せるように体を密着させる臨也。名前は反射的に彼のコートを握りしめていて、不安と期待の眼差しを向けながら臨也から目を離せずにいた。
「攫ってあげるよ、お姫様」
ナイトメアヒーロー
(誰から罵られようとも、彼は確かに私の英雄だった)
100601
なんで臨也夢って長くなるんだ…てか最近一々長いんだよな話…なにこの悪循環