過去ログ | ナノ





「―――…名前?」


校舎を出た所で見えた人影に思わず口を開く正臣。その声に反応するように振り向いたその影は、正臣が口にした人物だった。


「あ、やっぱり居た」

「何で…お前」

「ちょっと人から聞いたの。学校、辞めるんだってね」


(…折原、臨也…か)


彼女に自分の居場所を教えたであろう人物を想像しながら眉をひそめる正臣だったが、彼女もまたその人物がどんな人間かを知っているようで、苦笑を零していた。


「なんで辞めちゃうの?勿体ないなぁ」

「残念。たった今辞めてきた所だ」

「…そっか。」

一足遅かったね、なんて呟きながら笑う名前。引き止め損ねた彼女を見て、正臣はどう反応していいか分からずにいた。
名前と正臣は幼なじみだ。正臣が東京に来た時にバラバラになったが、彼との共通の友人・帝人と同じようないきさつで、高校からまた同じ学校に通う事となったのだ。
初めての東京。心の拠り所は正臣の他にない彼女は、入学から1年ほど、帝人、杏里も含めて彼と一緒に学校生活を過ごしてきた。引き止めるのも無理はない。昔からの知り合いが、理由も告げずに学校を辞めると言い出したのだから。
むしろ正臣にとって、他の2人を連れて来なかった事を感謝したいくらいだった。


「桜。また一緒に見たかったのにな」


そう言って彼女が見上げた先には、まだ蕾の桜の木。去年、まだ杏里と知り合いでなかった頃に帝人と3人で見た桜だ。いつか4人で見れたらいいと話したことがある。いかにも“青春”している思い出を思い浮かべながら、そんな小さな夢も事も叶わないのか、と心の中で呟きながら正臣は苦笑した。


「これからどこ行くの?」

「…分かんねぇ」

「東京には、残らない?」

「……ごめん」


反射的に発せられた謝罪の言葉に、名前は唇を少しだけ噛んだ。自分にはどうしようもない状況に正臣が立っていることは十分理解しているつもりだ。しかし、実際にその現実を本人から突き付けられるショックまでは回避仕切れない。暫しの沈黙。2人の間に春の香りが混ざった風が吹き抜ける。静けさに耐え切れなくなった名前は、大きく息を吸うと、その反動で大きなため息をつく。そして再び正臣を見るとゆっくり口を開いた。


「…正臣、あのさ」

「…何?」


いつもより落ち着いた声色の彼女に違和感を覚えながら返事をする正臣。真っ直ぐに見つめられた視線に一瞬時が止まったような感覚に捕われつつも、名前の言葉を聞き逃さないように耳をそばだてた。彼には本能的に分かっていたのだ。これが彼女との最後の会話になることを。



「ずっと前から、…好きでした」



風が舞うように、衝撃になるわけでも、聞き流されるわけでもなく、緩やかに彼女の言葉が正臣の耳へと届く。彼女は笑っていた。変に改まった言葉に恥ずかしさを隠すように、困ったように眉をひそめて、一生分の幸福と、一生分の悲しみを同時に背負ったような表情で。


(…きっと名前は全部知ってる)


自分が何も言わなくても、今まで自分が何をして、何を思って、何が出来なかったのか。自分が誰を想い、何を大切にしているのか。
正臣は彼女の想いを全て感じていた。名前は自分がどんな答えを返そうと、全て受け入れる覚悟があるのだと。


「……ごめん、名前」


その言葉には、告白の返事、今までかけた迷惑への謝罪、自分から何も言えなかった事への罪悪感と、その他沢山の感謝の気持ちが込められていた。他に言葉をなくした正臣に、落ち着いた微笑みを向ける名前。風が吹く。全ての蟠りを一掃するように、ただ柔らかに、2人を包み込むように、引き離すように。


「答えは分かってたんだけど、どうせ長く会えなくなっちゃうだろうから。言っときたくてさ」


喉から笑う名前の姿に心臓を締め付けられるような感覚を覚えながらも、正臣は彼女から視線を外さずにいた。
不意に桜の木に視線を移す名前。つられて正臣もそちらに目を向ける。満開になる頃には元の場所に自分は居ない。当たり前だった日常を自ら引きはがす辛さを噛み締めながら、正臣はただ花開く桜を想像することしか出来なかった。
深く息をつく名前。一気に現実に引き戻されたように彼女を見れば、満ち足りた表情で笑っている彼女が目に映った。心臓が止まってしまいそうな程の悲しみが襲う。嗚呼、これで最後だ。喉の奥から“気持ち”が溢れそうになりつつも、正臣は彼女から視線を外せずにいた。思わず何か叫ぼうと口を開いた瞬間、勢いよく吹いた風に、満開の桜と舞う花びらを見た気がした。





「ありがとう。さよなら、正臣」


















(君と出会えて、幸せでした)

























100524
さよならメモリーズ好きすぎる。正臣メモリーズタグは我がコメントしたんだよ!という自慢^p^タグになってて嬉しかった。
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