過去ログ | ナノ

「やっぱここか」

「…あれ、静雄だ」


さもわざと驚いたように目を見開く名前。静雄はいつものように何処かダルそうに歩きながら外を眺める彼女に歩み寄った。


「よくここが分かったね」

「…お前、ここ好きだろ」

「まぁね」


今だ観光地として有名な場所、東京タワー。彼女はここが気に入っている。東京という人とビルに溢れたこの町を見渡せるこの場所が。


「もうすぐ閉館だろ?いいのか、こんな時間までいて」

「静雄もね」


閉館が近い展望室内にはもう人気は無く、静かな音楽だけが流れる、静雄と名前、2人だけの空間となっていた。何もない、ただの沈黙の中、名前は塔を一周するガラスに沿って歩いていた。静雄はそれをゆっくりと追いながら、無邪気に外を眺める彼女に目を向ける。不意に床がガラス張りの足場で立ち止まると、そのまま足元を見ながら彼女は沈黙を破った。静雄も合わせて足を止める。


「ねぇ、静雄」

「…どうした?」

「あたしがここで跳びはねても、このガラスはビクともしないけど、もし静雄がここを軽く蹴れば、このガラスなんてすぐ割れちゃうんだよね」

「そうかもな」

「凄いね、静雄」


普通なら足元から見える地上との距離に恐怖心を煽られるものだが、彼女の足は完全にガラスの上に乗っていた。無口な微笑みを向けながら、爪先でガラスを叩き、パタパタと音を立てる名前。もちろんガラスはビクともしない。静雄はそんな彼女の無邪気な姿を見つめながら、ある違和感を感じていた。いつも思考が読めない彼女だったが、今日はいつにも増して謎である。
彼女は決して、ここに1人で来た事は無かった。


「名前、お前何を」

「静雄は凄いよね、有名になっちゃって。平和島静雄って、池袋じゃ知らない人居ないよ」

「名前っ」


静雄から視線を外した名前は、止めに入るような静雄の声に耳を傾ける事もせず、ガラスの上を跳ねながら言葉を紡いでいる。ガラスは変わらず彼女を支え続け、割れるそぶりなどない。


「静雄はあたしとは違うから、このガラスも簡単に割れちゃうし―――」

「名前ッ!」


静雄の叫びに呼応するようにピタリと動きを止める名前。彼女はそのまま足元を見て動かなくなってしまった。静雄が口を開こうとした瞬間、彼女もまた口を開く。疑問を投げ掛けようとした静雄の言葉を、それを予測していたような名前の言葉が遮った。



「誰も気付かないかなって。あたしが居なくなっても」



静かに呟かれる言葉。それこそ彼女の真意、伝えたかった1番の意味。


「例えば静雄が居なくなっても、みんな静雄の事を忘れたりしないでしょ?新羅もセルティも、絶対忘れないでしょ?」


自分は世界に必要とされていない。
1人を好むくせに淋しがり屋。故に自分を嫌い、人を嫌い、自ら1人になって孤独に泣く。人一倍自己嫌悪が強い彼女は、そんな誰もが起こす錯覚に強く捕われてしまったのだろう。


「でもあたしは?なんの役にも立てないあたしなんか、みんなすぐに忘れちゃうでしょ?臨也なんて特にだよ。あたしの事なんかすぐ1つ残らず忘れちゃう」


冗談のように語る名前だったが、彼女の言葉は本物、本心だった。自分が消えても世間に有害なものなんて何もない、何事もなかったようにいつも通りに時間が流れて、自分なんて居なかったように人は動き出す。自らを最低まで押し下げた観点からの、余りにも残酷な言葉だった。
静雄は止めていた足を踏み出す。下を向いたままの名前に向かって、ゆっくりと。


「ねぇ静雄、静雄ならこのガラス割れるでしょ?割って見せてよ、そしたらあたし―――」


歪な微笑みを浮かべ、名前が再び顔を上げた頃には、もう彼女は静雄の腕の中だった。静雄は彼女を潰してしまわぬように必死に力を弱めながら、出来る限り強く、彼女を抱きしめていた。


「飛び降りる、とか言うんじゃねぇよな?」

「…静雄、」

「お前は、居なくならないだろ」

「…しずお…」

「お前は、俺を置いてどっかに行ける程、強いやつじゃないだろ」


押し殺すような静雄の声に、言葉を無くす名前。状況を飲み込むと、ゆっくりと静雄の背中に手を回した。


「俺も新羅もセルティも、あのクソノミ蟲だって、お前を忘れたりなんかしねぇ。忘れろって言われたって忘れてやったりなんかしねぇ」

「……」

「俺だって、寂しくない訳じゃねぇんだよ」


1人が嫌なら俺が側に居てやる。1人が好きなら、寂しくならないくらいの所で待ってるから。手が届かない所にはいかないで


「俺を置いて行くな、名前」

















(高くそびえるタワーの上から)

























100805
music:絵師じゃないKEI(sm7282450)タワー
この前東京旅行で東京タワー行ってきたんでそんまんま。閉館時間ギリに人が少ないのかそのまでは知らないけど。ぶっちゃけ我自身はあんな暗くて狭くてりあみつだらけな場所大っ嫌いですけどね。

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