過去ログ | ナノ
仕事を終えて家路に着く。今日集めた情報を頭で整理しながら自分が住むマンションの入口付近に目を向けると、そこには見慣れた姿が立っていた。
「…名前」
「あ、おかえり。臨也」
白めの服を纏う彼女の姿は、すっかり更けた夜の闇にさえ映えて見える。少し小走りで名前に近付いて正面に立てば、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「なんで外に?」
「何となく。臨也をお出迎えしたかったの」
「中で待ってても良かったのに」
「いいの」
にへら、と幼い微笑みを向ける名前を見ると少しだけ口が綻ぶ。そのまま2人でマンションに入ると、セキュリティロックのナンバーを流れるように入力した。
「今日、波江は?」
「さっき帰ったよー、なんかまた難しい事言ってた」
「どんな?」
「チョコレートがどうとか、何とか会の人から連絡きたとか、そんなん」
「…そう」
そういう情報は名前の前で言うなって言ってあるのに。
名前は俺がただの万事屋みたいなもんだと思っているらしく、情報屋をやっているなんてこれっぽっちも知らない。波江はその手伝い。家に出入りするのもその所為だと思い込んでいる。ぶっちゃけた話、俺がそう仕向けたのだけれど。
「なんだかよく分かんないけど、臨也の仕事って大変だね」
「まぁ、好きでやってる事だし、俺的には天職だけどね」
「いいなぁ、楽しそうだなぁ、あたしにも手伝わせてよ」
「だーめ。名前は名前の仕事をしなきゃ」
「えー」
つまらなそうに口を尖らす名前だったが、これもいつもの事だ。彼女は断られる事を承知の上でその問い掛けを口にする。多分、波江へのちょっとした嫉妬もあるのだと俺は踏んでるけど、真相はどうなんだか。彼女も彼女なりに自分の仕事を楽しんでやっているようだから、あまり本気ではないのだろう。
「―――…ねぇ…臨也、?」
「何?」
玄関まで着くと、彼女は呟くように俺を呼ぶ。反射的に振り返ると、名前は俺の服の裾を小さく握って俯いていた。
「…臨也がなんか隠してる事ぐらい、あたしだって分かってるよ」
「…」
「あたしに隠さなきゃいけないくらい大変な仕事してるのだって分かってる」
「…名前、」
「でもっ」
ポタリ、と落ちる涙。俯いたままの彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。どうやら彼女は今までずっと我慢していたのようだ。だからあえて外で待っていたり、無理に笑って見せたりしていたのだろう。
「あたし、臨也と一緒に居られなくなったらって考えると、怖くて…っ」
嗚呼、きっと波江だ。名前は今、波江に嫉妬している自分が嫌で泣いてるんだ。
俺の仕事が分からない以上、波江が何を手伝っているのか、何故俺が波江に仕事を頼むのか、それは自分には出来ない事なのか、そういう曖昧な疑問が彼女を支配している。そんなの百も承知だ。
でも、彼女だけは、名前だけは。仕事にも、事件にも、関わらせたくない唯一の存在。
「…ごめん、名前」
必死に涙を拭う名前の体を、今はただ抱きしめる事しかできない。こんなにも愛しい存在を、真実を隠す事でしか護れないという事実に、俺は少し腹が立った。ごめん名前、でも本トの事を言ってしまえばきっと傷付くのは君だから。俺があんな人を貶めるような仕事をしているなんて知ったら、きっと君は、俺の前から居なくなってしまうから。
(どうせ彼女に真実を言わないのなんて、自分を護る為の口実なんだ)
名前が居なくなった時に、自分はどうなってしまうのだろうか。ただの廃人に成り下がってしまうのか、もしくは何事も無かったように日々を送り続けるのか。そんな恐怖に怯えながら、俺は震える彼女の手を握り返していた。
夢に焦がれる
(今が好きな自分が嫌い)
100905
めちゃめちゃだどうしよう。誰原すぎる。折原なつもりだったけどこんな優しい折原は居ないことぐらい我も百も承知だけどこんな優しい折原もいいよね、みたいな願望。