借金を踏み倒すような奴に、ろくな奴はいねえ。 「わざわざ家まで出迎えにきてやったってのによお、逃げようとするなんてなあ…いっくらなんでもその態度はねえんじゃねえの」 そんな、ろくでもねえ奴に、礼儀を通す必要はねえと思う。そうだ。借金を踏み倒してるくせ、謝りもせずに逃げる礼儀知らずなんぞに礼儀正しく接する必要はねえよなぁ? 掴んだ胸ぐらを思い切り振ってやると、くたくたのスーツを着た男はどもりながら「許してください」と言った。 「お金は必ず払いますから……あと少し!そうです、あと少しだけ待っていただければ……」 「そう言って、もうどんだけ経つと思ってんだ、ああ?俺はあんまし辛抱強い方じゃねえんだ………そうだ、もう待てねえ。今払うのか、ここで半殺しにされるか。どっちか好きな方を選ばせてやるよ」 「ヒィ……そ、そんな…」 「ああ?好きな方選ばせてやるっつってるじゃねえかよ。……いいか、金を払ってブチのめされるか!今すぐここで半殺しにされるか!さっさとどっちか選んで俺に殺されろ!!」 「……静雄ー」 間延びしたトムさんの声にハッと我に返れば、揺さ振っていた男は口から泡を吹いて目を回していた。やっちまった。 「あ」 「な、もうその辺でやめとけー」 慌てて絞めていた手を離す。男は力なく崩れ落ちたが、ピクピクと動いているので死んではいないだろう。 遠巻きに見ていたトムさんが近づいてきて、踏み倒し男のハゲた頭をペチペチ叩く。痙攣するばかりで何の反応も示さない男を見て、こりゃダメだなとぼやいた。 「あー…気絶しちまってらー」 「す、すんません……つい」 「…気絶させちまったら回収になんねえって、いつも言ってんだろ」 「……ほんと、すんません…つい…」 つい。本当に「つい」だ。自分じゃわかんねえ内に勝手にスイッチが入っちまって、気が付いた時には大抵誰かが倒れてる。気をつけなきゃいけねえ事は分かってるのに、どうにもならねえ。 アイツの場合は、絶対、死んでも傷つけねえようにしてるし、ほっせえくせに丈夫な方だからまだなんとかなるんだけどよ……じゃ、なくて。 一瞬でもアイツの事を考えた自分を殴る。飯はもう食べたのだろうか。俺の帰りを待っているだろうか……じゃ、ねえだろうが。 心の中だけじゃなく実際に自分の頬をぶん殴ると、トムさんはビクッと肩を震わせてこっちを見た。そうだ、今は仕事に集中しねえと。 すんませんと繰り返す俺の肩をポンと叩いて、トムさんはたぶんわざと明るい声を出した。 「ま、いいんだけどよ!……そのおかげで今、静雄と仕事できる訳だしな」 俺を気にしてくれてるんだろう、トムさんは本当に懐がでかい、いい人だ。ありがとうございますと言うと、何度も肩を叩かれた。トムさんは俺がへこんでるときはいつもこうしてくれる。ぽんぽんと肩を叩かれると不思議と落ち着いた。 失神した男を部屋に放り込んで、ボロいアパートを後にする。辺りはすっかり真夜中だった。切れかけの電灯がチカチカと光る。 「今日はもう終わりにすっか」 「そっすね」 マナーモードにしたままの携帯を気にしながら、相槌を打つ。遅くなるって連絡してねえから、アイツ怒ってんだろうな…。 「飯でも行くか。明日給料日だし、金無いだろ?奢ってやるし」 「あ……すんません、今日はちょっと……」 「おー、そっか。悪いな」 「や、せっかく誘ってもらったのにすんません」 謝ってばっかりの俺に、トムさんはいいって、と顔前でひらひらと手を振りながらニヤリと笑って小指を立てた。 「しっかし静雄、お前最近付き合い悪いぞ。ひょっとして、コレか?」 立てられたトムさんの小指をぼんやりと眺めながら、アイツの事を考えた。 カノジョ?アイツは俺のカノジョなのか? 「……まあ、そんな感じっすかね。恋人で間違いはないと思います」 キスもしたし、セックスもしてるし。俺はアイツが好きだし、アイツも俺が好きだって言ってたし。 自信を持って言うと、トムさんは鳩が豆をぶちあてられたような、まさにそんな顔をした。 「あ。すんません。多分アイツ怒ってるんで、そろそろ……」 「……あ、ああ。引き止めて悪かったな。カノジョ……いや、恋人さん?…淋しくて泣いてるかもしれねえし早く帰ってやれ」 「…はあ」 淋しくて泣く――か。アイツが淋しくて泣いてるところなんて想像できねえな。そんな可愛げがあったらよかったのに……いや、今のままでも充分かわいいんだけどよ。 「……まあ、泣くような奴じゃないんで。帰ったら多分刺されると思います」 「刺さ……!?」 「あー、すんません、もう終電来るんで……じゃあ失礼します」 「お、おお…気を付けて帰れよ……?」 心配してくれるトムさんに礼をしてから、足早に駅に向かう。終電にはなんとか間に合ったが、携帯には何通ものメールが届いていた。そういや9時に帰るって言ってたもんな。 全てに目を通し、今から帰るとだけ返信すると、ちょうど終電が新宿のホームに着いた。アイツのマンションはもうすぐだ。エントランスを抜けて、エレベーターに乗って、ポケットから合鍵を出した所で、携帯が震えた。 『早く来て』 ドアを開けばアイツがいる。 きっとナイフで刺してくるだろうから、思い切り抱き締めてやろう。 「ただいま、臨也」 |