臨也の指は白く、なよやかである。本人は嫌がるのだろうが、まるで白魚のようなという形容詞がぴったりくる、そんな指であった。ピンク色をした桜貝の爪はほどよい長さで整えられており、指先には逆剥けの痕のひとつさえない。まるで彫刻のような臨也のそれを、四木はたいそう気に入っていた。 そして今日も、四木は二人きりでホテルに居るにもかかわらず、体を重ねずにただ臨也の指を愛で続けていた。 「四木さんはいつもそれだ」 拗ねたように呟く臨也の指に自らのそれを絡ませながら、四木は僅かに顔を上げて続きを促した。 「いつもいつも、触ってくれるのは指ばっかり。……俺ってそんなに魅力ないですか?」 くいと絡めた指先を引いて、近付けた四木の顔を覗き込む。傾げた首を撫でるように、艶やかな黒髪がさらりと流れた。十分だ。四木は心中でそう呟き、華奢ですらりとした首筋を眺めながらゆるりと口角をあげて笑った。 「……やっぱり離してくれないんですね」 四木の笑いに同調したのだろうか、臨也は自嘲するようにからからと笑った。気にはしているようだが、それほどでもないらしい。四木はぷくりとした指の腹をなぞりながら、臨也の口に軽い口付けを落とした。 「ん…ぅ……」 鼻から抜けたような声を出し、とろんとした表情で、臨也はおもむろに舌を絡めだす。四木は自ら絡ませる事はせず、ただ臨也のしたいようにさせ、ひたすら臨也の指を観察した。 骨と皮ばかりの手首から、舐めるように視線を上げてゆくと、ある一点に目がとまる。 薬指の付け根に薄い境界ができていた。僅かながらも、確かに。 周りよりもいっそう白いそれは、ある程度の期間、そこに指輪が存在していたことを物語っていた。 ねっとりと舌を蠢かせる臨也の肩を軽く押す。唇を離した臨也は口の端に唾液を艶めかしくひからせながら「なんですか」と不機嫌そうに問うた。 「お前は指輪をするのか?」 「……なんですか、いきなり」 「跡がある」 薬指を摘んで持ち上げ、白い境界線をなぞると、臨也は顔を近付けてまじまじと眺め、やがて「ああ」と思いついたように短く呟いた。 「そういや以前していました」 「理由は」 「……どうしてそんなことを聞くんですか?」 「…いや、」 ぶっきらぼうな四木の言葉が癪に触ったのか、臨也はふうん、とすねるように鼻をならした。四木を訝しげに見つめながらも、己の指をぼんやりと見つめながら、僅かに目を伏せてぽつりぽつりと話しだす。 「……とある仕事で関わった方に指輪を頂いたんです。……が、お会いする時、俺が嵌めていないとあからさまに機嫌を損ねられて。しかも薬指に嵌めないとダメなんですよ」 当時の事を思い出したのか、臨也は話しながらくすりと笑った。つられるように四木がフンと鼻をならすと、臨也は「おかしいでしょう?」と言ってくすくすと笑い続ける。 「……でも、どうしてもしばらくの間お付き合いしなければならない方だったので、仕事を円滑に進める為にも嵌めるようになりました。これは多分、その時の跡だと思います」 四木の手のひらから離れた左手を無駄に飾りのついた照明に透かすように高くかかげる。指の隙間から入る照明が眩しかったのか、臨也は僅かに目を細めた。 「俺、指輪って嫌いなんですよ。誰かの言葉であったじゃないですか。結婚指輪は愛の印じゃない。お互いを束縛する枷だ――って。その通りだと思います。結局、保険みたいなものなんですよ。証なんかじゃない。字の通りの、約束手形」 そう言って、臨也は人差し指で四木を指した。臨也のその行動はなかば癖のようなものだ。しかしそれを見た四木はわずかに片眉をあげたかとおもえば、臨也の細い指を乱暴に掴んだ。あ。臨也が小さく声を漏らしたのも束の間、四木は皺一つ無いスーツの懐に手を突っ込んで小さなナイフを取り出した。 「…四、木さん……?」 臨也は怯えを隠しきれない様子で、ルビーの瞳をまるくする。 四木は黙ったまま、臨也の指にナイフを滑らせた。 白い皮膚にツプツプと赤い血の玉がうかぶ。臨也は顔をしかめ、疎むようにそれを見ていた。 「…ッ、……」 やがてナイフは人差し指を一周し、四木は臨也の指を離した。上質そうなシーツに血が飛ぶ。臨也は嵌められた赤い指輪を観察するように四方から見た。 「……どうして人差し指なんですか?」 薬指にしてくださっても良かったのに。 不満そうにぼやくと、四木はナイフをしまいながら、にやりと口角をあげ、「食指だからな」と言った。要領を得ない答えに眉をひそめると、四木は臨也の短い前髪を捕まえてぐいと近寄せ、いまにも口付けしそうな距離で囁いた。 臨也はそれを聞いて、一瞬目を見開いたが、やがて納得したように笑って「こんなの、指輪で隠すしかないじゃないですか」と、どこか照れたようにぼやいた。 10番目の指輪 四木×臨也企画「25時」様に提出させていただきました。 素敵な企画をありがとうございました! |