part...02
あの後自分の部屋まで戻ったけれど、私が居なくなったことに誰も気付いていなかった。
"お姫様の一時の我儘"ってきっと思われていたのかもしれない。
それにしても、誰も心配してくれていないのはやはり少し寂しかった…。
まあ、こんな歳にもなって説得をしにやって来る侍女もいないか…私の性格をわかっている上で部屋に来なかったのかもしれない。
「…私、この前城の外に飛び出したのよ」
「え!?」
また怒られてしまっては困ると、今回は侍女たちの作業を見ていたアリッサはそう言った。
そして、そんな事を唐突に言われて驚いた侍女たちは驚く。
「この前って…」
「お母様と言い合った時」
「危ないではないですか!!よく無事で…」
無事じゃなかった。
あの男がいなければ、自分は本当に此処に居ないかもしれない…とその時の事を伝えると、侍女たちは呆れたため息をつく。
「本当、その方がいらしてよかったですね」
「お名前は聞けましたか?」
「ううん。自分は悪い奴だから、関わり合いにならない方がいいって…教えてもらえなかったの」
どこか驚いてはいるが感心したようなため息をつき、侍女たちはその男を想像する。
「何か、意味深い言葉で…かっこいいですねえ」
「そんな事言うんだもの、きっと素敵な方ね」
「どうでした?感想は」
楽しそうにアリッサにその男の印象を聞いて来た侍女。
先ほどまでとは打って変わり楽しそうな様子に、アリッサは戸惑いながらも顔を思い浮かべる。
「素敵…だった」
「まあ、アリッサ様は恋をした事ないんだもの、いつもその感想ですわね」
「ええ、いつもいーっつもその感想」
確かに、どんなに権力もあって、顔の良い男を見ても同じような感想をして来たのに間違いはなかった。
だが、今回は違う。
今まで感じた事のない気持ち、あれからふと思い出すのはあの男の事ばかり…。
アリッサは感じたことを侍女たちに伝える。
「どう、思う?」
「…それ、恋ではないんですか?」
「ええ、まるで恋」
「ふとした瞬間って…」
まさに恋ですね。
と声をそろえる侍女。
そうなのだろうか…と首を傾げるアリッサに、絶対にそうだと侍女は声を上げる。
「でも、その方はどう考えても不釣り合い」
「陛下達が絶対に反対するでしょうね…」
これが恋なのかそうでないのかは定かではないけれど、お父様達にこれを言った所で何も変わりはしないかもしれない。
自分の気持ち優先で決められるほど、自由に今は出来ないのだから…。
小さくため息をつき、もう部屋に戻ると伝え俯きながら部屋へ戻っていると後ろからバタバタと慌ただしくかけて来る音がする。
誰だと後ろを振り返ったとたん、誰かがアリッサに抱きついた。
「父様に聞いたぞ!嫁に行くって!!」
「く、苦しいです。離れてくださいお兄様」
アリッサに抱きつく男たち…兄たちにそう言う。
「廊下で抱きつかないでください。恥ずかしいです」
「大事な妹が嫁ぐと聞いて平気でいられるか!!」
可哀想に!と同時に頭を撫でられ、鬱陶しそうにされるがままに黙り込んでいるアリッサ。
上は10程離れており、アリッサを親以上に溺愛していた兄らは居なくなるとそれは悲しんだ。
兄のことは嫌いではないが、いい歳にもなり妹に抱きつく兄に心配すらしている。
「お兄様、お姉様方がヤキモチを妬いてしまいますよ?」
「あちらにはまた愛情を注いでいるから問題ではない」
「そうだな」
「ああ」
どういう問題なんだろう。
と呆れ、引き離すように立ち上がると腰に手を当てた。
「私にべったりな人に愛されても、愛想つかれてしまうのが落ちです!いい加減にしてください」
腰に手を当て兄に注意をしていると、一人、不安そうな面持ちで声をかけた。
「…嫌がっていたみたいだが、嫁ぐのか?」
いつもとは違い、真剣に聞いて来た兄に、
「……それが国のためになるなら、仕方のないことだと思ってる」
しっかりと目を見つめ、寂しそうに笑うアリッサの頭を撫でた。
何も言わないが、頑張れよ…と言ってくれている大きな手にアリッサは心が温かくなった。
−−−
旅立ちの日当日。
静かにアリッサは見送られた。
兄たちは優しく笑いかけ、両親はアリッサを一度抱きしめた。
馬車に乗り、一週間ほどかけようやく辿り着いた街にアリッサは目を輝かせた。
自分の住んでいた街とはまるで違う、華やかな城下街。
だが、それと同時に知らない土地と言うことでアリッサはひどく不安になって来た。
侍女を誰も連れてこなかったのだ。
みな恋人に家族がいる…それなのに、自分の都合だけで連れていくのはとても忍びなく頑として誰も着いてこなくていいと言ったのだ。
だが、今は少し…後悔をしていた。
「アリッサ様、もう間もなくです」
馬車を操っていた男にそう言われ、出来る限りの身だしなみを整え、深く深呼吸をした。
弱気になってはダメよ、アリッサ。
落ち着かせようと自分の頬を挟むように叩き、乱れる心を鎮める。
やがて馬車は止まり、扉が開かれた。
「お待ちしていました」
にっこりとほほ笑んで来た男はアリッサに手を伸ばす。
その手を取り、馬車から下りるとありがとうとその男に礼を言った。
「いえいえ、それより。お荷物はそれだけですか?」
「あ、はい。必要最低限にはまとめてみたのですが、洋服などを考えたら少々多くなってしまいましたが…」
「いいえ、これくらい大丈夫ですよ」
鞄を持ち、残りを他の者に任せた男はこちらへと前を歩き出す。
自分の住んでいた城とは広さも豪華さも違うのに驚き、思わず辺りを見回してしまう。
「物珍しそうに見ますね」
「あ、すごく広いので…つい」
「ご自分もお城に住んでいらしたのに、おかしなことを言うんですね」
「所詮は小国の城ですもの。こちらと比べるのは失礼ですわ」
そうなんですか?と首を傾げる男にそうだと苦笑いを浮かべ、しばらくすると部屋の前で停まった。
ここがアリッサの部屋だと扉を開けられると、これまた自分の部屋より広く豪華になっているのに、開いた口が塞がらない。
此処まで領土もあるし大国なのだ、これが当たり前なのだと言い聞かせ中に入る。
「これからミハエル様に会っていただきますが、よろしいですか?」
「ええ、まだ一度もお顔を見たことがないのですから、挨拶をしなければ」
「なら、行きましょう」
扉の前で待つ男に頭を下げ出ると、ゆっくりと扉を閉めまた前を歩き出す。
どうしよう、緊張して来た。
心臓の音が耳にまで聞こえて来るほどの緊張に、アリッサは静かに深呼吸を続ける。
「大丈夫ですよ。そんな緊張せずとも、フランクな方ですから」
「でも…」
「心配なのは、お噂のせい…ですか?」
足を止め、にっこりと笑いながら言われアリッサは言葉を飲み込んだ。
「そんな、ことは…」
「…大丈夫ですよ。大半が思っていますし、あなたがそう思ってない方が可笑しい」
「えと、この事は…」
「私だってこう言ってるのです。あなたも、内密にお願いします」
肩をすくめ笑いかけて来る男に、はいと苦笑いをした。
よかった、この人…とってもいい人そう。
和らげな男の人柄に、アリッサは少し安心した。
「あの、名前を伺っても?」
「私のですか?トールです」
深々と頭を下げ挨拶をしてきたトールに、顔を上げてと笑いかけた。
少しだけ会話をしながらやって来た部屋。
ここですよ、と言うような目をするトールにアリッサは息を飲む。
一体どんな人がこの国を治め、そして、あんな噂が流れるような人物なのだろうか…。
扉が開けられ、中へ一歩踏み入れようとした時。
男女が抱き合い深く口づけをしている姿を見て、思わず声を上げる。
「ん?ああ、もう時間だったか…」
「じゃあ私はこれで」
「ああ」
腰まである綺麗な髪をなびかせ、アリッサの横をすり抜けていった女を目で追いかける。
すごい、美人…。
背も高く耳に髪をかける仕草、アリッサは思わず見とれているとおいと声をかけられる。
「あんたがアリッサ?」
「は、はい!」
「へー…」
上から下まで一通り見ると、じっとアリッサを見つめる。
徐々に顔を近づけてこられ、身体を硬直させ目だけを泳がせる。
「あ…あの」
「ん?ああ悪いな。可愛い顔してたからつい…な」
「はあ…」
「俺がミハエルだ。あんたみたいに可愛い子が嫁でよかったよ」
確かに雰囲気は柔らかいが、どこか裏がありそうな態度のミハエルを少し警戒する。
身構えるアリッサに固くなるなと言うが、愛想笑いを浮かべるだけでどうもそれが出来そうもない。
それより、私が少しでもミハエル様のお目にふさわしくなければ…どうしていたのかしら?
疑問は尽きるばかりである。
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