...04


「好き、なの」


唐突にそんな事を言われたある日。

驚いて黙り込んでいる俺に気づいた侍女は真っ赤にさせた顔をあげる。


「あの…」

「え、っと…その」


確かにこの子と初対面なわけではない、会話をしたこともあるし、差し入れだってもらったりしてた…。

でも、そんな…こんな仕事場でそんな事言われても何と言うか…。


「…えーっと」

「あ!返事は今じゃなくてもいいの…じゃあ」


返事は決まってる…もちろん”NO”だ。


わかっているのかいないのかわからないが、女は俺に背を向け足早に立ち去って行ってしまった。



特に何をしたわけではないが、疲れたようにため息をついたリッドに一人が近づいて来た。


「こんな静かな場所で女に思いを伝えられる…なかなかお前も隅に置けないな」


嘲るようにやって来た男…ルーベルに気づいたリッドはなぜここに居るんだと呆れて振り返った。


「勘違い?たまたま用事で来たんだ」

「ほー、そうですか…」


疑いの目で見られるが、そんなリッドを無視し剣につき合えと誘われ練習場所まで向かった。







「それで、さっきのやつとは喋った事あるのか?名前は?」

「え、まあそれなりに…っ!えーと…アキさんですっ!」


ルーベルの剣をかわし、受け止めつつ会話のやりとりをするが集中も出来ずあっという間に手から剣は弾き飛ばされてしまった。

「…休憩しましょう」

疲れたように木陰に歩いて行ったリッドに続き、地面に腰を下ろした。



しばらく兵たちの様子を見ていたが、ふと気になり顔をあげた。

「そう言えば、妃殿下とはどうです?」

そう聞いた瞬間、ルーベルの顔は一気にくもりリッドを睨みつけた。


「あの女の話をするな」

「…どこが気に入らないのです?綺麗な方じゃないですか」

「俺はああやって突っかかって来る女はめんどくさくて気に入らないんだ」


余計な詮索をするな。

ときっぱりと断るような口調に態度…自分はさっき俺に聞いてきたのに、自分の事となるとすぐそうだ。

何度目かのため息をついているとき、向こう側が騒がしくなったのに気付き兵たちの輪の中に入ると、見なれたお方がそこにはいた。


「何をしに来たんですか?」

「なぁに、来ちゃいけないのかしら?」


そう、メルディア様だ。

意外と行動的な彼女にルーベル様も手を焼いているようだ。

そんな時、後ろに見えたあの印象的な銀髪が目に入りとっさに横を見た。



何とも嫌そうな顔だ、もう…目に見えて。


その顔を見た妃殿下も同じように不機嫌そうになり睨み合うが、メルディア様がそれをとめる。

まだ顔を合わせて間もないと言うのに、こうもすぐ喧嘩できるのはある意味すごいと思うのは俺だけなのだろうか?

ルーベル様が俺に頼り逃げ道を作らないようにとこっそりと離れ、二人の様子を遠くで見守った。






「誰だ?」

「ほら、レパードから来たお姫様だよ」

「へえ、あの人が」


聞こえてきた会話に聞き耳を立てた。

内容的には可愛い顔をしている、ルーベル様に泣かされているんじゃないか…などと見た目的な印象でそんな話をしていた。


いや、これが意外と口の達者な方なんだ。


と入ってみたかったが、それはあまりにも失礼すぎるので口を結んでいると、その話しは悪いものへと変わっていった。

二人に目をやるとその話が聞こえているらしく、妃殿下は虫の居所が悪そうに眉をひそめ話しに聞き耳を立てていた。

さすがにまずいのではと思い兵たちに言い聞かせようと近づくと、目の前を何かが通り過ぎそれは木に刺さった。


「―…あなた達の意見には頷けますが、あたしに対しての悪口、ヤメていただけないかしら?」


通る声が聞こえ目をやると、顔は笑っているのにまったくほほ笑んでいるというものではなかった。

それを見た兵たちも怖気ずいたのか口をぱくぱくとさせるだけ、妃殿下は踵を返し颯爽と城へと戻っていった。


ルーベル様に視線を戻すと、手で口を隠すように笑っている姿を見て唖然としてしまった。 あんなふうに本当に可笑しくて笑っている姿を見るのはこれまで居て数えるほどあったかなかったか…それくらい貴重だったからだ。




良いものを見れたと顔をほころばせ歩いていると「怪しいですよ」と耳に入って来た。

怪しいはないだろ、と思い振り返ると初めて会った時と変わらぬ表情でリッドを見ているエミリアがいた。


「一人にやついて城の中を歩き回るだなんて、怪しすぎます」

「そんなオブラートに包まずにはっきり言うのはお前くらいだな」

「お前って言わないでください」


つっこんできたのは名前についてだった。

いや、別に名前を呼ぶのはいいんだが…口に出して女性の名前を言うのは慣れないというか…。


エミリアに押されどうしようかと固まるが、引く様子もなく睨みつけて来るのに負け、 「悪かった、エミリア…」 それを聞いたエミリアは満足そうに一息つき、ではと立ち去って行った。



 ―――


それからしばらく、特にこれと言って変化はなく…いや、あるか。


ルーベル様がよく妃殿下と一緒にいるのをよく見かける、あんなに毛嫌いしていたのにどういう風の吹き回しだろうか。

まあ、それはそれでいい事だし下手に理由を聞いてへそを曲げられるよりはいいかもしれないな。

「リッドさん」

不意に呼び止められ振り返ると、そこにはひと月前くらいにリッドに思いを伝えた女…アキがいた。


「えっと…すこしいいかしら?」

「あ、ああ」


”いやだ”なんて言えるわけもなく、アキの後をついて行く。

前と同じ場所までやって来ると、女は頬を染めリッドに振り返った。


「その、返事が…ないから」

「えーっと…ごめん、今はそう言うの考えてない、んだ」


それより何より、この子に対して興味が湧かない。ってのが一番かもしれない。

別に話す分には何ら問題はないが、好きな相手には少なからず興味が湧く物だと思う。


そんな開いてと上手くいくわけがない、だから、申し訳ないが無理なんだ。


口には出さないが申し訳なさそうな顔で謝るリッドを見たアキは急に震えだす。


「ど、どう…」 

「どうして私じゃだめなの?入って来た時からずっと見ていたのに」


…め、めどくさい!! 突然泣き出すアキにそんな鬱陶しさを持ちながらも、泣くなと優しく言葉をかけていると、突然自分の胸の飛び込んで来たアキに戸惑いつつもあやすように背中を叩いた。

まだぐずるアキに嫌気がさしながらも、罪悪感が残るくらいならこのままでいた方がいいと小さくため息をつく。




「あなた達、何してるの!」


切れのある声に驚き後ろを振り返ると、若いが風格のある女がリッド達を睨みつけていた。


「あ、いや、その…」

「仕事をさぼってこんな人気のない所で…一体何を考えているの!?」

「も、申し訳ない…すぐに戻る」


いそいそとアキを離し頭を下げると、顔を伏せたまま顔をあげないのに気がついたリッドは「おい」と声をかける。

何も反応を示さないアキを見ていると、女は腕を組み「一体こんな所で何をしていたの」と問いただして来る。


「いや、ちょっと話を…」

「いいわ、あなたの事は殿下に言っておきます。それよりもアキ、仕事をさぼって男と会うなんて何てふしだらな!!」


目の前で怒られる様子を見ていたたまれなくなってしまったリッドは、怒らないようにとそれとなく口を挟んでいるとアキがぼそぼそと何かを言っているのに気付いた。


「……です」

「は?」

「リッドさんが急に、私に抱きついて来たんです!!」


はあ!?と叫びたくもなったが、あまりに衝撃的すぎてリッドは声も出ずただ口をぱくぱくとさせることしか出来なかった。

近くを通りかかった侍女や兵たちも足を止めなんだと集まりだし、全員がリッドを責め出した。

違うのだと公言しても、泣いているアキを見てよくそんな事が言えると逆に煽るだけ。


ああ、何を言っても結局だめか…。と諦め、ていた時だ。



「よくもまあ嘘が言えますね」


と聞きなれた声にリッドは顔をあげた。

全員が後ろを振り返りざわつく中を割って入る様にやって来た人物にリッドは驚く。


「エミ、リア…」

「たかが女の涙を見たくらいで、みなさんよくもまあ騙されるものですね」

「はあ?あんたこそ、泣いてる子目の前によくそんな事言えるわね!」


全員に八倒を浴びせられるがそれを屁とも思っていないのか、全く動じることなくいつものように澄ました顔をするエミリ。

それを見たリッドは、先ほどまで動揺していた自分が何だか情けなく感じる。


「…エミリア」

「あなたも、なぜもっと違うのだと主張しないのですか?見ていてとても腹立たしいです」

「は?」

「自分から気持ちを伝えておいて、よくもまあそのような猿芝居が出来ますね。呆れてしばらく口も挟みたくなかったです」


顔を真っ赤にさせたアキはエミリアを睨みつける。

だが、真っすぐと自分を見つめてこられ耐えきれなくなったアキはまたわっと泣き出してしまった。

泣いている少女を庇うのは当たり前で、誰もが泣かせたリッドとエミリアが悪いと責め立てている。


「ほ、本当にすみ…ません」

「ほら、あなたも謝りなさいよ!」

「…なぜです?私悪い事も間違った事も言っていないのに、どうして謝らなければならないのですか?」


確かにそう、確かにそうだよエミリア。

だけど、自分は悪くないと言ってもそれを知っている人たちが…あれ、どうしてエミリアはこのことを知っているんだ?






「騒がしいな、どうした」

考えていた俺の頭にそんな言葉が聞こえてきて顔をあげると、ルーベル様がそこにいた。


「それが…リッドが侍女にふしだらな事をしたのに全く謝りもしないのです」

「ほお…やったのか?」

「い!!…いえ」

「…俺からこいつらには言っておく、全員さがれ」


それでも食い下がらないのを見たルーベルは短くため息をつき辺りを睨みつけると、渋々とアキを連れその場を立ち去っていった。

一気に緊張のほぐれたリッドはその場にしゃがみ込み、がっくりとうなだれた。


「お前、押しに弱いよな。見ていてすごくじれったい」

「そんな事言われましても、女性にああ泣かれては…って。見ていたんですか?」

「ああ、お前がここに来た時からずっと聞いていた」

「なら!もっと早くに来てくださいよ!!」


なぜお前の都合で俺が動くんだ?と言うような目で見られ、呆れて肩を落としてしまう。


「何にしても、リッドがはっきりと物を言わないのがいけないと私は思うのですが」

「…エミリアも見て、いたのか?」

「はい。失礼ながら一部始終見させていただきました」


自分の情けない姿を見られてしまったと力なくその場に座りこむリッドをあざ笑うようにルーベルは笑う。


「ですが、男性としてはとてもいい振る舞いだったと…そう思いますよ」

「…」

「女性を傷つけないようにと配慮した対応でした。でもあまり下手に出ていると…きっとこれからもなめられると思いますが」


最後が余計だ!!って叫びたくなったが、エミリアはエミリアなりに励ましてくれているのか…? と思ったら、フォローが下手すぎて…可笑しくなって思わず笑ってしまった。


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