...03
そしてさらに数年。
レパード国と条約を交わしたと言うのに、向こうがこちらに戦争をしかけようとしていると言う情報を仕入れ、兵を引き連れ城を出た。
「まさか条約を結んだ国…しかも、陛下の妹君のいる国から戦争を仕掛けられそうになるとは」
「ベルドラも一緒になるとめんどうだからな、悪い芽は早いうちに摘んでおいた方が得策だ」
「そうですね」
「だが、あまり過激な事はするなよ。ただ話し合いをするために行くだけだ」
ルーベル様にそう言ったのは陛下だ。
直接ソフィー様とお話をした方が早いと言う事でついて来られたのだ。
そして、王都へとついた俺たちはそのまま城へと乗りこんだ。
まさか俺たちが先に乗りこんでくるとは思ってもいなかったのだろう、一か所に固まり休憩を取っていた兵たちを囲み武器を奪い取り、難なく城の中へ入りソフィー様たちを捕まえる事が出来た。
一人その場にいた兵だけを縄で縛り、辺りを見回したルーベル様がこれで全員かと聞くと、ソフィー様は不敵に笑った。
「もう1人いるわ、きっと何処かに隠れて何か起こそうとしているんじゃないかしら?」
もう一人本当にいたとしても、そんな堂々と自分の仲間のやることを言う人がどこにいる。
ソフィー様はまた何か企んでいるのでは…と考えていると、肩より少し上で切りそろえたこげ茶色をした女が手を上げ立ち上がり、この場にいない人の場所を知っていると言いだした。
一人威勢のいい兵がその女を押さえつけ座る様に言うが、女は頭を上げ行かせてくれとせがんでいると、ルーベル様は手を離せと言った。
好きなように探しに行けと言ったので、それはさすがにどうなのかと思い俺がついて行こうかと言うと「構わない」と言われた。
それから陛下がソフィー様たちと話し合いが終わったらしく、俺たちはまたアシュタンスへと戻った。
城に戻り、メルディア様も交え話し合ったことを俺も入れて話をしてくれた。
「お前の結婚相手を向こうから出すのが決まった」
「…ちょっと待て、なぜ国同士の話し合いが俺個人の問題になっている」
「言い方は少し悪くなってしまうが、人質としてこちらに渡すようにと交渉したんだ。それに、いつまで経っても一人に絞ろうとしないお前にもいいと思ってな」
陛下、ついに強硬手段にでたな。と俺は思わず苦笑いをした。
「まぁいいのではないかしら。でも、一度裏切ってしまったからと言って女性をいじめてはダメよ?」
「だが優しくする義理もないな」
「あなたが目に見えて優しくするなんて思っていないわ。ただ、侍女や兵たちにはそう言い聞かせてもらいたいわ」
おお、あのルーベル様にかなり失礼なことを!と感心する俺に気づいた陛下は苦笑いをした。
でもそうだな…裏切ってしまった国から嫁いで来るのだから、向こうもかなりストレスがたまるかもしれない。
ましてやルーベル様が女性に優しくするはずがない。
せめて慰めくらいには俺たちも敵意は向けずに話すぐらいはしなければな…。
「おそらく向こうも明日には到着するはずだ。いいな、絶対に来るんだぞ?」
そう念を押すが、はいはいと投げやりに返事をするこの人が来るはずがない。
案の定、次の日にはアシュタンスからの馬車が来たと言うのにルーベル様は姿を消した。
俺はルーベル様のよくいる場所を探しまわり、やっと闘技場で見つける事が出来た。
「はぁ、探しましたよ?」
「…俺を見なかった事にしろ」
「馬鹿言わないでください!陛下がお相手なさっているのですから、早くしてください!」
腕を掴みなんとか外まで連れ出したはいいが、腕を振り払い反対方向へと歩いて行く。
勘弁してくれよ…とうんざりしながら何度も引き留めるが聞く耳を持とうとはしない。
もう頭でも殴って、気絶させて連れて行こうか…と危ない事を考えていると、メルディア様が颯爽と現れた。
「あら、こんな所で何をしているの?ルーベル」
うるさいのが来た。とぼそりと呟くと、それが耳に届いたらしくメルディア様は眉を潜めた。
「…今のは聞かなかった事にしてあげる。だから行きなさい」
「なぜ俺が」
「私の説教を長々と聞くか、優しいロジウムの待つ部屋へ行くか、選択肢は二つに一つ…さぁ!」
何て強引な!と思ったが、メルディア様の小言を聞くのが嫌らしくルーベル様は少し小走りに陛下の待つ部屋へと歩いて行った。
だが、もうすぐで部屋と言う所で足をとめたルーベル様は後ろを振り返り、メルディア様がいない事を確認するとまた引き返そうとするので腕を掴んだ。
「…離せ」
「無理です。さぁ部屋はすぐそこなんです。我儘を言わずに行きますよ!」
もめにもめながら、やっとの事で部屋の扉を開くと陛下の苦笑いが見えた。
そして、慌ただしくやって来た俺達をあの時のこげ茶色の女と、銀髪に見た事のない綺麗な女の姿が目に入った。
大きな瞳を瞬かせ、物静かそうに見えたがとんだ勘違いだった。
アイナ様も美人だと思ったが、絶対にそれ以上に美人な人に対し「凡人」と言ったルーベル様に俺は言葉を失う。
そして、先ほどまで黙っていた女はまさかの荒々しい口調でルーベル様に言い返してきた。 極めつけに、あのルーベル様に「クソやろう」まで言い出した(あ、正確には言いかけた、ですね)。
その傍にいた侍女はカシア様と厳しい口調で名前を呼び笑顔で言葉づかいを注意した。
せっかく終わったと思ったが、水をさすように鼻で笑ったルーベル様を睨みつけたのを見て、陛下は慌てて二人の間に立った。
「二人とも落ち着きなさい。カシャーナ、君の部屋は用意してあるから今日は休みなさい。リッド案内を頼めるか?」
陛下にそう言われ、2人について来るようにと言いルーベル様の横とすぎる時また睨みあったらしく侍女が喧嘩をさせないようにと背中を押したのが横眼でみえた。
はて、この方には謝った方がいいのか否か…そう考えた俺は、叱られるのを覚悟で振り返り頭を下げた。
「ずいぶんお待たせしてしまいましたね」
「いえ、全然気にしてないです!こちらこそ連れて来てくれたのに大した話も出来ずごめんなさい」
俺は驚いてしまった。
だって、まさか向こうも謝ってくるなんて思っていなったからだ。
普通なら、こう謝ってきた俺に対しルーベル様のあの態度は何だとか、少しミスしてしまっただけでも怒られてしまっていたというのに…。
そんなことを考えていた俺は次にとても失礼なことを口走っていた。
「いやあ、まさかあの殿下と口喧嘩をするなんて思ってもみませんでした。大概は殿下に睨まれて黙り込むのですが…」
「睨まれただけで黙るなんて…睨まれたら睨み返すし、悪口を言われたら口喧嘩をするのは当たり前」
異例だ。何とも面白い方がルーベル様に嫁いできたものだ。
おまけに俺のことをリッドさんと呼んできたのにもまた驚いてしまった。
そんな俺に、「敵国に愛想をふるまうのは嫌じゃないのか?」と聞いてきた。
「……まぁ、疲れないと言えば嘘になりますね。ですが、陛下が気を許していたみたいなので」
それに疲れたと思ったのは会う前、勝手にこの人の性格を決めつけていた時くらいだ、今は気さくで良い方そうに見える。
二人に失礼すると挨拶をし、明日は食事会があると伝え部屋を後にした。
これから妃殿下も大変かもしれないが、さらに大変なのはこの侍女のほうかもしれないな…。
−−−
次の朝、一人走り込みをしていた俺の目に昨日の侍女が目にとまった。
「おい、何してるんだ?」
「おはようございます。今は城の道を覚えている途中です」
「こんな朝早くからか?」
手には城の地図を確かに握りしめている。
だが、そんな早くに城の道を覚えろなんてみんな言わないだろう。
昨日来たばかりのよそ者がこの広い城をすぐに覚えるなんてみんな思ってないはずだ。
「カシ…カシャーナ様はお部屋でじっとしている事の出来ない方ですから、私が道を覚えておけばすぐに見つけられますし」
「君も大変そうだな」
そう言った俺の顔をじーっと見て来るこいつに気付き、なんだよと言うと「私の名前覚えていますか?」と聞いてきた。
そう言えば覚えてないなと思いだんまりの俺を見てため息をつくと、やっぱりと声を漏らした。
「エミリアです。しっかりと覚えて下さらないと困ります」
「悪かったよ、じゃあエミリアだな」
「ではこれからよろしくお願いします、リッドさん」
まさかのさんづけに思わず鳥肌の立った俺はちょっと待てとエミリアを止めた。
「何です?」
「さんって呼ばれるのは慣れないんだ。普通に呼んでくれ」
「私的にはこれが普通ですが…まぁいやだと言うのなら直します。では失礼しますリッド」
深く頭を下げるとエミリアは今までと変わらない無表情で立ち去って行った。
この時のエミリアに対しての印象は"無表情でパッとしないやつ"だった。
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