怠惰の代償
俺はリッド・フィーネル。
え?誰だっけ?
そうだな自分で言って悲しくなるが、影が薄いからわからないのも無理はないかもしれない。
容姿は悪い方ではないと思う(自分で言うのも可笑しいと思うが)。
そこそこモテて来たつもりだし、女から言い寄られたりもしてきた。
だけど、副隊長と言うのになってからはモテるどころか、"ついで"で見られているようにしか見えない。
「リッド、手合わせしろ」
この人…アシュタンス国の国王陛下の弟君、ルーベル・ビルディア・シュルツ=アシュタンス。
二つ名を黒獅子。
その名の通り、黒い髪をなびかせ敵陣に臆することなく突き進む姿はまるで百獣の王の様。
その整った顔つきは男でも見惚れるような美男子だ。
こんな人の横にいては周りの者の影が薄れてしまうのは当たり前だと思う。
「他にも暇を持て余している人がいます。そちらと手合わせしてはいかがですか?」
「相手にならないな。お前くらいしか俺について来れる者はいない」
何とも嬉しい言葉だが、結局この人に勝った事などただの一度だってない。
容姿端麗、勉学、剣もすべてが劣ってはいない。
本当にうらやましい方だが、一つ…誰にも素の心を見せられる人がいないと言う事だけが気がかりだ。
俺と二人きりの時は初めと比べたらかなり肩の力を抜き、冗談も言うようになった。
少し、昔話に付き合ってくれ。
俺の父は城に使える騎士の指揮官をしていた。
そんな事もあり昔から剣の稽古も親父にしてもらっていたし、何の迷いもなく自分も王室の騎士になる事を望んだ。
初めてあの人に会ったのは確か十代中ごろ、何も話さないし誰とも慣れ合おうともしない。
年が近い者だってたくさんいると言うのに、輪の中には一切入らず一人木陰で休んでいる事が多く浮いた方だった。
まだ隊長になる前から才を発揮していたルーベル様を妬むものはやはり少なくはなかった。
俺たちのような入ったばかりの素人はもちろん、長く騎士をしている兵たちですらこの時から叶う者はいなかった。
ただ一人、親父を除いては…。
さっきも言った通り、すべてが完璧な人を目の前にすると妬んではいられないのが人間の本能なのだと思う。
各言う俺だって少しは嫉妬した。
何度剣を交えても勝てない、だから周りは
「生まれ持った才があって羨ましいものだ」
「俺達をあの坊ちゃんは馬鹿にしている」
「俺たちのように鍛錬しなくともいいんだな」
なんて…聞いていてもっとひどいことだって言われてた。
そして俺も親父の息子だ。
剣を教えてもらっていたのだからそこそこの腕はある。
同期で入ったやつらの中では一番、って言っても良かったかもしれない。
裏では陰口を叩かれているのも知っていたが、聞かないふりをし、さらにあの人への嫉妬が増して行った…まぁ、これはただの八当たりに過ぎないが…。
そんな時、俺のあの人への見方が変わったのは夜中に一人剣を無心で振るい、本を開き勉学に励むあの人の姿を見たからなのだろう…。
「そんな所で、いつも一人で練習なさっていたのですか?」
「…お前には関係ないだろう。邪魔だ、どこかに行け」
切り捨てるような物言いに腹が立ち、その日はすぐに寮へと帰ったが、また次の日、その次の日もずっと一人で剣を握っている姿を見に足を運んだ。
相手はいないと言うのに、まるであの人の目の前には敵がいて、剣を交えているようなその迫力に食い入るように見ていると、声をかけられた。
「またお前か」
"また"と言う事は、ここ最近ずっと見に来ているのに気が付いていると言う事。
全く、獣のような人だ。
「馬鹿にしに来たのか?」
「いいえ、意外だなと…」
「意外?」
それを聞き鼻で笑うと、剣を地面に突き刺し星空を見上げるように腰を下ろした。
「意外か、そうだな。だが、訓練もせずして幾多の戦場を生き延びてきた今の隊長のとやり合っていけるわけがない。負けてしまったからこそ努力してるんだ」
「父は、強いですからね」
「……そうか、お前があいつの言ってた息子か。強いのか?」
叶う者はいない。
とか言ってたが、実は今までこの人と剣を交えてはいなかった。
親父にその事を聞いた時、「弱いお前があの方と剣を交えても怪我をするだけだ」と罵られ剣を交えた事はなかった。
「強くは…親父には怪我をするからあなたと剣を交えてもただの恥さらしだと…」
「他のやつも皆負かしている。きっとフィーネル隊長はお前が剣を握らなくなるのが嫌なんじゃないのか?」
「そうでしょうか…」
「あいつらのように剣をただ握り、俺の事を才に溺れたただの金持ちの男だと陰口を言い、負けたのは俺の腕が元々良いからだと…そんな勘違いをし怠けているやつらと慣れ合っているお前が、俺と剣を交えても負けは目に見えてる」
何気に言ってくれるなこの人は…。と内心飛びかかりたかったが、言っている事は何も間違ってはない。
俺は、拳を握った。
「そんな奴らが、陰で鍛錬をしている俺に叶うわけがない。文句を言うのも、剣を捨てるのも簡単だ」
「……」
「お前も、その馬鹿の一人なのか?フィーネルジュニア」
一気に頭に血が上った。
貶される時、負かされた時は必ず言われるのが「フィーネルジュニア」だった。
あの親父の息子が派手に負かされたものだとあざ笑われるあの屈辱感、長年そんな風に見られ、呼ばれ続けて…気付いた時には腰にさしていた剣を抜いていた。
剣を振った俺の攻撃を、後ろに宙を舞うように避け、何度か剣を交えた後俺の剣は手から弾かれていた。
くるくると夜空に空を描きながら落ちた剣は地面に突き刺さり、俺は腰を抜かした。
「隊長の息子だから期待をしたが、少し挑発しただけでこれだけ気持ちがかき乱れるとは…」
拍子抜けだな。
とため息をつくのを見て悔しかったが、この人の強さは本物なのだと…そう思った。
頭に血の上ったやつが負け、それだけで叶うわけないとは思うが、すべての攻撃がかわされ一撃が鋭く重い。
きっと陰で努力している姿を見ず、あんな大勢の前で指揮官の息子が完璧に負かされていては…本当に恥さらし者、言っていたように剣を捨てていたかもしれない。
「…もう寝る」
「待て!じゃなくて…お、お待ちください!もう一度!!」
「今のお前が平静を装ってもまた負けるだけだな」
「っ…」
「―…そうだな、俺に焦りを見せる事が出来るようになったら、名前を覚えてやるさ。じゃあな、ジュニア」
捨て台詞のように言い残して行った言葉は、きっと殿下だからこそ決まっていた事で…きっと俺たちのようなやつらが言い残してもただの恰好をつけているやつにしか見えないだろう。
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