とてつもなく酷な夢だと、思った。


*君に触れて感じたい


額を拭う。
自分のものとして見ることはない、汗。それがじっとりと、僕の手の甲を濡らした。
夢だった、と。
覚醒してきた思考の中、何度も言い聞かせる。動悸が収まらない。
自らの耳まで響く、鼓動と言うもの。

これは、夢だ。大丈夫、夢なのだから。


***


応接室の黒皮のソファに身を沈め、頭に氷水をあてる。
あれから、気分が悪くて仕方なかった。

どうして、こんなに。


せめて最後に手を伸ばし、触れていれば。
引き止めていれば。
この腕に、おさめていれば良かった。

こんなに後悔したことが、今まであっただろうか。


「…っ」


たかが夢、相手に僕は何を。


「あれ、雲雀さん気分悪いんですか?」
「綱吉…かい?」


いつものように空き時間を使ってやって来たのは、声を聞くだけでわかる。彼を、あの子を早くこの目に映したい。この手で触れて確かめたい。
しかし体を動かすのは疎か目を動かすのも気怠い躯では億劫で、天井を見つめたまま確かめるように名前を呼んだ。


「はい。俺です」
「こっち…きて、綱吉」


大丈夫か、どうしたのか、それを全て飲み込むようにして、綱吉が頷くのがわかる。


「雲雀さん…」
「大丈夫、ただ悪い夢を見ただけだから」


傍まで来て、それでもまだ不安そうに僕の顔を覗き込む綱吉。
言葉の意味が理解できていないのか、そわそわしていて忙しなかった。


「夢で具合悪くなるんですか…っ?」
「…綱吉」


あぁ、そうか。
信じられないのだろう、夢如きでこんなになっている僕を。当たり前だ、僕だって信じたくなど無い。
気怠く鈍った躯を叱咤して起こし、まだ何か言いたそうに拳を握りしめている綱吉の手を取った。


「酷い夢だったよ、本当」
「…どんな、夢だったんですか」


「君が…いなかった」


その瞬間にゴクリ、と綱吉が喉を鳴らすのを聞いた。ことゆっくり、息を飲むのを。


「…そんなの死んだ方がマシだと思った」


温かい手に触れて、不思議なほどに落ち着いた。
確かな温もりがあって、感触があって、どれもこれも愛しいばかり。
もっともっとと急ぐ気持ちに後押しされて、取った手をぐん、と引き寄せた。


「俺がいなくなるってどういうことですか」
「僕が知りたい」
「雲雀さんの傍にあられないって、どういうことですか」
「僕が知りたいよ」
「その夢、ふざけてます」
「うん」
「もう二度と、そんな夢見ないで下さい」
「…うん」


そういう綱吉の声が震えていて、途轍もない罪悪感を煽られた。
見たくて見たわけじゃない。だけど、それは僕だけでなく綱吉を悲しませるもの。
そんな物は、必要ないのだ。在ってはならない。…いらない。


「俺はちゃんとここにいるし」


包み込むように、確かめるように抱きしめて。綱吉の肩口に顔を埋めて呼吸をした。
どうしようもなく僕を捕らえて離さない匂いが、した。


「これからもずっと雲雀さんの傍にいるんです」
「当たり前でしょ」


君だけが、いてくれればいい。


「だ、だいたい雲雀さんが夢如きで沈みすぎなんですよ!」


夢は話せば消えるって聞くし、そう言って綱吉は笑った。


「ねぇ。もっと触らせて?」


困ったように、でもふにゃっと笑った綱吉がたまらなく愛しくて、抱きしめていた腕にぎゅっと力を込めた。


あたたかい。


触れられる温もりはすぐそばに。
君がいる、ただそれだけで。



fin
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