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朝一番から俺に降り注がれた、その言葉。
「おめでとうございます、十代目!!」
「おめでと、ツナ」
平日と言うこともあって、いつもと変わらない朝だった。
つまらない一日の始まりだと、目をこすってカーテンを開けてみれば。こちらに向かってぶんぶん手を振っている獄寺君と、終始笑顔の山本と目があった。
見間違いかと曇ったガラスを袖で拭ってみても、それはより鮮明で確かなものになるだけ。
急いで着替えて、家を出た。
遅刻すれすれの時間に家を飛び出すような毎日を送っていたから、三人で学校へ行くのは本当に久しぶりだ。
友達から浴びせられる祝福の言葉というのは本当に暖かくて、秋の冷たい風が不思議と心地いいくらいに思える。
プレゼントを、結局迷って何も買えなかったという獄寺君は平謝りだし、山本は寿司を用意してくれると楽しげに言うから。
やっぱり今日は特別な日なのだと、漸く自覚した。
雑談に興じて学校に着き、靴を履き替える。そこまでは良かったのだが。
「あ、おはようござ…」
「ついておいで?」
俺は、下駄箱の前で仁王立ちをした、風紀委員長様に捕まってしまった。
***
「綱吉、なんで朝から群れてたの」
応接室に半ば引きずられるようにして連れてこられて、暫くの沈黙の後、いつもより少しトーンの落ちた声で問われる。
用意された紅茶に伸ばしていた手を戻し、朝のことについて考えた。
久しぶりの、三人での登校。
「あぁ…俺、群れてましたか」
「そこじゃなくて僕はなんでって聞いてるんだけど?」
「それは、その…」
何と言ったら良いだろうか。
わざわざ自分の誕生日だとこの場で、しかもこの空気で言うのはどうかと思う。
ここは何となくだとしらばっくれるべきか。
「何。」
とは言え、しらばっくれるにしたって俺は嘘の巧い方じゃない。考えているうちに、雲雀さんの眉間に機嫌の悪さが刻み込まれ始めた。
「き、今日が俺の…誕生日だからじゃ、無いですか」
結局、選んでいたのは前者の方。
嘘をつくのはやはり気が引けたし、バレたら後が怖いだろう。
しかしこんな風に誕生日を知られるのも、ばつが悪い。
案の定、それを聞いた途端の雲雀さんのきょとんとした顔。
あからさまに、「知らなかった」という表情だ。
「聞いてないよ」
「まぁ…言ってないですから」
俺だってわざわざ誰かに誕生日を言いふらしたりしない。増してや雲雀さんのような人にそんなこと、言うタイミングなんて無いじゃないか。
「何で言わないの」
「自分からあまり言わないものじゃないですか?そういうのって」
「でもあの駄犬や山本武は知ってたろう?」
「知ってた、っていうかあれです。ちょっと前に聞かれて」
ひょんなきっかけだった。ちょっと前にたまたま、そういう話をして。しなかったら知られていなかった、たったそれだけのこと。
「何で僕には言わないかな」
「いやだから、聞かれたから言っただけですってば」
ふーん、とそっぽを向いて、俺と目を合わせようとしない。紅茶をすすりながら、ペラペラと手元にあった書類をめくる。
拗ねてるのか、これは。
教えれば良かったのか、今日が俺の誕生日だと。
「…今日も寝坊すればよかったのに」
そのままぼそっと、恐ろしいことを言ってくれる。冗談じゃない、まともなことを否定されるなんて。
それよか、
…貴方は本当に風紀委員長か。
「遅刻したら捕まるじゃないですか、風紀委員に」
「君が他の奴らと群れるよりずっとマシだ」
「…(そこか!)」
誕生日云々より、獄寺君や山本といたことが気に入らなかった、と。
別に今日が誕生日だったってそうでなくたって、関係ないのか。
そう思ったら、なんだか無性に虚しくなった。
「…もういいです。俺、授業行きます」
「つなよ、」
好きな人に、言われてみたいとか思った俺は何なんだ。
知ったなら知ったで、おめでとうの一言くらい言ってくれても良いじゃないか…っ!
生まれつきの癖っ毛を掻き乱しながら、そんな自我と理性と戦った。
まぁあの雲雀さんだし、仕方のないことなのだろう。もともと、他人のことに興味を持たなそうな人だ。
その上言う理由も、きっかけもなかったわけで。
そんな風に一日中ぐるぐると思考を巡らせたけれど結局、雲雀さんとは口を聞かないまま下校を迎えた。
「…疲れた」
見つけた石ころを蹴飛ばしながら、俺は家に帰った。
***
「ただいまー…ぁ!?」
何となくいつものようにドアを開けた、その瞬間に響いたクラッカーのはじける音。驚きで盛大に尻餅をつく勢いだった。
料理を並べて楽しそうに笑う母さんやイーピン、相変わらずのランボ。
それに口角を不敵に上げた家庭教師、悪ふざけにも毒を盛ろうとしてくるビアンキ。
後に山本から届けられた寿司、獄寺君から貰った、たぶん使うことの無いであろう香水。
誕生日。一年にたった一度だけの特別な日。
俺なんかの為に、こうして準備をしてくれる人がいるというのが、ただ純粋に嬉しかった。
幸せだ、と、思った。
俺は贅沢だったのかもしれない。雲雀さんに言えなかったのも、自分の臆病の所為なのに。
明日謝ろう、そう心に決めた。
さんざん騒いだランボたちを寝かせて、自分の部屋へ向かう。
そう、自分の、部屋だ。
そのはずなのに。
ドアを開けて丁度正面に、窓枠に足をかけて今にも上がり込もうとしている雲雀さんと目が合った。
「何してるんですか」
別に驚きはしないけれど。
真夜中に人の部屋に侵入しようとしているのは、この人でなければ警察に捕まっているに違いないと改めて思う。
「綱吉に会いに来たんだけど?」
そういう問題じゃない、と言えないのが恐ろしい。思ったこと、しようとしていること、全てを包み隠さず口に出す人だから。
憎まれ口を叩きそうになった俺の体温は、窓から入ってくる夜風にさらされながらも上昇していた。
「り、理由を聞いてるんですっ!」
それを隠すように口走った俺の声は裏返る始末だし、それを見ていた雲雀さんがくつくつ笑ったから、余計に居たたまれない。
「せめて何かだけでも特別が良かったんだ、だから」
突然の言葉の、話が見えない。
一体何が、特別だというのだろうか。
「ね、一番最後」
「…?」
「おめでとう、綱吉」
聞き終わったのとほぼ同時、カチッと小気味良い音を立てて、時計の短針と長針が重なった。
十二時…。今から、明日?
「そ、んなの狡…っ!!」
一番最後に俺を祝ってくれたのは
その日が終わる寸前の、我が儘で気障な王子様。
fin
おまけ↓
「君さ、」
「はい?」
「おめでとう云々より、僕が妬いてた事実に気づきなよ」
「え…えぇええぇえ!?!?」
「何だ、本気で気づいてなかったの」
「いや、どこをどう…さっぱりなんですけど」
「…ちょっと医者呼ぼうか」
end