出会えたことにさよならを言って
消し去って、忘れていた筈だった。
君に出会った、幻影を見た。
蜃気楼
冷たくなった風を頬に受けながら、思う。
今、彼は。
雲雀恭弥はどうしているだろう、と。
辛うじてでも実体化の出来る時は、自然と彼のいる場所へと足が伸びてしまうのだ。
自分から、別れを告げたというのに。
浅はかな己の行動に、ため息を一つ零した。
冬が、近い。
夏が終わったと思えば、すぐにやってきた秋。
短いこの季節は、夏から冬への時の流れに名前を付けたかのようなもので、赤や黄に変色して見える風景と、枯れ葉を踏む乾いた音。
それくらいしか、秋であることを実感できるようなものは無かった。
「…皮肉なものですね。仮であるこの躯でも、以前と感じるものは何も変わらないだなんて」
誰に言うでもなく、呆れたように一人呟く。
本体は、別にあるというのに。
所詮感覚とはそういうものだと、思い知らされているような気がしてしまう。
「何故、僕は…」
そこまで言って、やめた。
実体化している理由を、問いかけようとして。
しかしそれは、あまりにも。
馬鹿馬鹿しいほど確かなもので、だからこそ改めて理解してしまうのが怖かった。
この手でしか、触れられない。
それを理由に、別れを告げた…
「ねぇ。何やってるの」
背へと投げられた声に歩を止める。
きっとその声は、幻。幻聴。
そう思った。
「もう僕の前に姿を現さない、って言わなかったっけ?」
「雲雀…君…」
「それとも何?自分の言ったことを忘れたの?」
しかしその漆黒は、確かに自分を映していて。
それが紛い物なんかではないと、知った。
「…こんなつもりでは無かったと言ったら、君は笑いますか?」
「何を言って…!?」
考えるよりも先に躯が動くだなんて、本当に在るものらしい。
今の自分が良い例だと、頭の何処か片隅で笑った。
手を伸ばし、包み込むように腕の中へと収める。
抱き締めた感覚と共に愛しさが込み上げて。
己の愚かさを、思い知った。
「…すみません。やはり僕には、君が必要なんです」
「…勝手だよ、君は」
肩口から小さな声で聞こえた罵倒も、今は愛しいもの以外の何物でもなくて。
骸は、腕に込める力を更に強くした。
「ねぇ、苦しい」
胸板に腕をつっぱねて暴れるそれも、自分を否定しているわけではないと感じ取る。
「…離しません」
腕の中の愛しさに、声に出さず、己に誓う。
いつか。
「離しませんから。いつか、この手で触れるまで」
そう言ったのが合図のように、温もりを残したまま実体化を解いて、風に溶けるように骸は消えた。
「…ほら、やっぱり勝手じゃないか」
一人残された雲雀の呟きは、地を這う枯れ葉の音にかき消され。
温もりが風に冷まされる前にと片手で触れ、帰路を急いだ。
まるでそれは
ただひたすら追い求めて。
矛盾の上に立つ
幻に幻を重ねた蜃気楼。
fin