まず初めに目についたのは、ただアノ野郎しか連想させない忌まわしい赤だった。 「何だそれは。」 アクセルを踏みながら、助手席に座るなまえに問いただす。 漠然とした質問に困惑しながらも、質問の意味がわかったらしく、少し間をあけて 「あぁ、」と間抜けな返事が返って来た。 「マニキュアよ。昨日塗ったの。綺麗でしょう?」 「そんなの、見りゃわかる。」 俺の言った意図が読めなかった事に対してか、俺の言っている意図がわからない事に対してか、(恐らく後者だろう)怪訝そうな視線が俺に降る注ぐ。 再び説明するのは面倒だったが、新しい煙草を銜えるついでにまた口を開く。 「どうして一つだけ色が違う。」 「全部同じ色だなんてつまらないじゃない。おしゃれよ。」 「じゃあなんでその指にその色なんだ。」 煙草に火をつけ、チラリと様子を伺うと、なまえは自分の左手をまじまじと見つめて、何を思ったかクスリと笑い、俺の方に向き直った。 まだあどけなさの残る悪戯な視線と合う。(その笑顔を、俺は知っている。) 「なぁに?嫉妬?」 クスクスと笑う笑い声がやたら耳障りだった。 「その指ごと切り落としてやろうか。」 笑い声は止み、代わりにエンジン音が鳴り響く。 吐き出した煙が、ただ車内を取り巻いていた。 「…そうねぇ、」 体の向きを正面に向き直し、左手を高く掲げて指を見つめるなまえを、俺は視線のみを隣に動かし、次の言葉を待った。 「そうしたら貴方から指輪をもらった時、はめる指がなくなっちゃうわね。」 「……フン、言いやがる。」 全て黒の中唯一赤で塗られたソレは、挑発的に俺の視線を誘導する。 そして勝ち誇ったかのように笑う。黒には染まらない、と。 そして妙に腹が立つ。(この俺が?) たかが赤に。(むしろ赤だから?) こんな餓鬼じみたことに。(全くだ。) 「どうかしてやがる…。」 それは自分に対してなのか、なまえに対してなのかもわからず、 ただ誤摩化すようにアクセルを強く踏んだ。 その忌まわしい赤にすら嫉妬した。 back |