街の雑踏の中でも一際目立つ摩天楼に設置された巨大スクリーンには、知名度の知れたタレントが、普段はやらないであろうマラソンを声援を受けながら懸命に走っている。
季節は夏の終わり。
今年も例の如く、愛で地球を救う企画が遂行されていた。
随分と綺麗事ばかり述べる番組だが、毎年このチャリティーには億というお金が集まるのだから偉いものである。
これだけのお金があれば、私に背負わされた負債額の返済などすぐに終わってしまうだろう。

私、なまえ。
齢まだ十代にして、ウン百万という借金を背負いこまされてしまった。

名前も知らない顔も知らない、産まれて間もない私を施設に預けた両親は、十数年後、施設を出た私に遺産どころか借金だけを残してこの世を去ってしまった。
決して恵まれてはいないが、施設を出て漸く新しい生活が待っていると意気込んだ矢先の話。
どうやら両親は私に迷惑をかけるのが好きらしい。
インターホンが鳴り、ドアを開けたら見知らぬイカついじじぃばかり居た時の恐怖を、知るよしもないのだろう。
でも残念ながら私と両親は血が繋がっていて、腐っても私はそいつらの子供で。
日に日にエスカレートするチャイムや怒号に怯える日々を、布団にくるまりながら過ごした。
しかしそれも限界で、逃げ出したのはつい数週間前のこと。
借金返済の為に貯めたバイト代を握りしめ、ただひたすら逃げ、現在所持金153円。
そろそろゲームオーバーといった感じだ。

駅前のコンコースに座り込み、どデカイスクリーンに映る番組をただぼぅっと見つめる。
行き交う人々が私の前を通りすぎていく。
夜の闇が、街を飲み込んでいく。
そろそろ夜のカラス達が狩りを始めるころだろう。

番組も終盤なのか、お馴染みの歌が流れ始めた。
涙の数だけ強くなれるよ
アスファルトに咲く花のように
見るものすべてにおびえないで
明日は来るよ君のために


「アンタ、泣いてんのか。」


不意に声をかけられ、私の視線はスクリーンから外れる。
隣に立つその人は、銀髪の頭をした、図体のデカイ、眼帯をした、見知らぬ人。
随分と目立つ人だ。
見た目とは裏腹に、眼帯に覆われていない片目はとても優しくて。
アンタ、見た目で大分損してるね。
そんな優しい目は似合わないよ。
言われて気づいた鼻水をすすって、また巨大スクリーンを見上げる。
相も変わらず、タレントが必死に走っていた。
一生懸命走って、走って、そこにゴールがあることのなんと羨ましいことか。

「24時間テレビ、ってさ、小学生の頃は一生懸命観てたけど、だんだん観なくなっちゃってて、」


そう、あの頃は一生懸命観てた。
募金会場に赴いて、募金までしていた。
それもいつか観なくなってしまって、何故だろう。
もしかしたら、綺麗事が嫌になったのかもしれない。
もしかしたら、現実を見るようになったのかもしれない。


「愛で地球、救えんのかな。」


もしそうだったら、私もきっと救われるはず。
そうよね?わかってるよ。
現実そんな甘くないこと。
隣の人は、何も答えない。
それでいいのかもしれない。
私の声も、ただの街の雑踏だ。
誰も聞こえないし、聞いてくれない。
誰も、見ちゃいないんだ。


一層深くなった闇に隠れるように、カラス達が動き出す。
人波に紛れて、けれど、掻き分けるように、ひたりひたりと。
不自然に近づいてくる男達が、四方八方から数人。
彼らももうわかっている。
私にゴールなんてないことを。
逃げ場なんてないことを。


「ほら、もう行きなよ。」


隣のこの人も、男達の存在にきっと気がついている。
ね、巻き込まれたくないでしょ。
今ならスッて私から離れたら大丈夫だよ。
私、貴方を巻き込みたくないんだ。
この雑踏で、私に気づいてくれて。
泣いてんのかって言ってくれて、私、嬉しかったんだよ。

「…なぁ、」
「なに。」


座り込んでいた身体を起こし、お尻についた汚れをパンパンと落とす。
これからどうなるのだろうか。
ありがちな、風俗にでも売られ営業をするのだろうか。
それともAVにでも出演するはめになるのか。
もしそうなったら、レンタルでもいいからさ、私の出てるやつ観てよ。
私胸ないし色気も皆無だから、アンタのお世話できないかもしれないけど。


「24時間で、地球は無理かもしんねーけど。」
「ん?」


貴方の隣に立ったら、私より頭二つ分くらい大きかった。
高い視点から、このクソみたいな街はどう見えてる?
その綺麗な目に、私はどう映ってる?




「アンタなら、救える。」




驚いたんだ。
私の手を掴むその無骨な手が、あまりにも大きくて、あまりにも優しくて。




24時間以内に愛でテメェを救う



男達に追われ人混みを掻き分け走る私達は、きっとあのチャリティーランナーよりも目立ってる。
しっかりと握りしめられた左手は離されることなくただ貴方に引かれて、目の前にある銀髪と大きな背中が歪んだ。
ねぇ、24時間後私が救われたら、その時は自己紹介をしよう?



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