普段無頓着な彼が、興味津々な視線を私の左腕に注いでいるのを知っていた。

過去が、私に夏場でも長袖を強要しており、季節不相応な格好をしてしても、不相応な格好をしているのは彼も一緒で。
その事を何も不思議に思わなかったであろう彼も、一瞬長袖から覗いた"過去"を見て、どうも見る目が変わったようだ。
それ以降、彼の態度はどこかぎこちない。
恐らく彼のことだから、その"過去"が私自身の手でつけられたものだとわかっているであろう。
しかし、一介の人間にすぎない私が、どうして自らそのような行為を起こしたのかまでは理解できないようだ。
彼は不思議そうに、しかし興味津々に私のソレを見つめるのだ。
だけど、それ以上を彼はためらっている。
他人に干渉しないと言いつつもやはり気になって仕方ないようで。
それと同時に他人に干渉している自分自身が許せないようだ。

だから私が「気になる?」と声をかけた時、彼は肯定も否定もしなかった。


「いいよ?見せても。」


さらに私は機会を与える。
相変わらず興味なさげに振る舞いつつも、その大きな瞳は私の腕を捕らえて離さない。
まるで意地っ張りな子供のようだと、私は苦笑を漏らしながら袖をめくった。


自傷行為以外の何者でもない"ソレ"が、手首だけに止まらず腕にまでびっしりついていた事に、彼は少なからず驚いた様子だった。


「…触ってみる?」


戸惑っている彼の手をそっととってみた。
思いの他抵抗はせず、導かれるまま、私の腕にたどり着く。
小さな手が、私の腕を滑る。
凹凸のついた"ソレ"をなぞられる度、自分の全てを暴かれているようで少し恥ずかしい。


「…自分でつけたのか……?」
「うん…。」


何故、と、彼は問い詰めなかった。
きっと一番聞きたい事だろうに。
ただじっと、私の"ソレ"をなぞるだけ。


「多分、ずっと消えないと思う。」


なぞる指が止まった。
心なしか、指がしっとりと湿ったような気がする。
その反応がただただ純粋で、私は少し笑ってしまった。




何かを得る為に犠牲が必要とするなら、一体何を捧げようか?
不確かな未来を少しでも見ようとして、苦痛と共に眼をつむったのは確かな現実。
一瞬眼をそらしたリアルは、消えうることのない形跡として突きつけてくる。
それは、当時の自分の非力さの象徴以外なんでもない。
けれど、形跡は皮肉にも、この瞬間の自分へ自覚をもたらしてくれている。

私、少しは強くなってる…?

複数の形跡が辛うじて繋いだその先で、私と貴方は出会ってしまった。
そんな貴方にも、私のような跡があったのだからなんということだろう。

例えば、貴方に出会う為に、なんて、そんな形容詞がつけば不思議とロマンチックだ。



「私も『目隠し』、しないと、ね。」


彼は腕から眼を離し、私を見つめた。
私は微笑んで、彼のオデコに小さくキスを落とした。



ねぇ、貴方のソレは役割を果たしてくれているかい?



犠牲にした今と、繋いだ未来。


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