外気の冷たい空気が混濁としていた私の意識を呼び戻した。
それはしっかりと戸締まりをしていた私にとってある人物の来訪を知らせるもので。
しかし、意識が覚醒するにつれ覚える身体の違和感。
何だか体が重苦しくて、身動きが取れない。
そっと目を開けると、そこには私の上にのしかかり、左手で私の首を閉め、右手で刃を突きつけてくるあどけない少年が居た。


「どうしたの?」
「黙れ。」


向けられる刃がチャキリと鳴った。
私より幾分か幼い少年が刃を突きつける姿はどこか滑稽に見えたが、現状はそんなに甘くない。


「お前の存在が……邪魔なんだよ。」


月夜に照らされたその表情は、殺意と言うよりも切羽詰まった焦りの方が色濃く写っていたように思う。
不相応にもその姿がいとおしく感じて、すっと微笑んだら強く絞められる自身の首。




「う゛っ……」
「貴様は…俺をどうしたいんだ…?」


向けられた刃はカタカタと震えて焦点が合わない。
動揺している。激しく。「飛影は…っ……どうされたい?」
「うるさいっ!!」


あまり見ない少年の姿に少し茶々を入れたのがいけなかった。
容赦なく閉められる首は本気そのもので、背中に冷たい汗がツツと流れる。
苦しい。苦しい。
頭の奥がガンガンして、気管が閉まる音がした。


「ぅっがあっ…はっ……あ゛!!」
「何なんだ貴様はっ…!人間のくせに…!人間のくせに……!!どうして!どうしてっ!!」



ど う し て ?



まるで空言のように繰り返す言葉に聞き返そうとするが、容赦なく閉まる喉がそれを妨げる。
締め上げる左手を剥がそうと爪を立ててもがくも、何の効果もない。


「はっ。随分脆いものだな人間様ってのは。これだけでお手上げか。」


私の反応に満足したのか、少年は少し笑って、簡単に押さえ込んでいた手を離した。
自由になった肺は、勢いよく酸素を求める。


「げほっごほっ」
「どうした。俺が怖いか。」


私に股がる少年は、無様な醜態を晒す私を見下す。
どこか満足した、冷たい、視線。
飛影、貴方って本当、哀しい子。


「怖くなんか…ないわ。」
「何故だ!?」


拒絶される事を望んでいる。
何か得る事を恐れている。
そんな考えに至るには、貴方はあまりに幼すぎる。


「もっと拒絶しろよ!俺を!!」

彼の言葉は、もはや強迫観念に近かった。


















そうね、孤独って安全ね。
何も失わないし、何も傷つかない。
自分を形成する足場さえあれば、呼吸だって簡単。


「私には、飛影を拒む理由が、ない。」


誰からも見下されないように、
誰からも見離されないように。
全て斬り払うことが、貴方の全てだったのでしょう?


「私こそ、飛影がわからないわ。」
「何?」


向けられる刃をそっと手にとり、自らの喉に突き立てた。
喉に触れた刃先が僅かに傷を付け、傷口がじくりと痛む。


「どうしてさっき私を殺さなかったの?」


ねぇじゃあ教えて、全て斬り払ってきた貴方がどうして私を斬らなかったのか。
私の命だなんていつだってその小さな掌の中なのに。
勿体ぶるほど、貴方の中で私は大きい?


「私をどうするのか飛影の好きにして構わない。憎ければいつでも殺してちょうだい。でも私には、貴方を拒む理由がない。嫌いになる理由がない。」


刃を引くのに躊躇いがあるなら、
ナニを切るのか敵が見えないのなら、
その敵の名前を、貴方が嫌いな人間様が教えてあげる。


「私は飛影を愛してる。」













「お…れは……」


開かれた瞳孔はゆらゆらと揺れ、薄い唇は言葉を紡げない。
向けられた刃が目標を失い、力なく振れた。
その刃を握る、まだあまりにも幼いその手に触れると、刀はベッドの脇に力なくガシャリと落下した。
そして触れた手を、そのままそっと握り込む。
形を確かめるようになぞり、指を絡め、繋ぎ、そのまま強く引いた。
戸惑うように倒れ混む飛影を、そのままそっと抱き込む。


「無理して答えを出さなくていい。でも私は、飛影の事を愛してる。ただそれだけ。」


可愛い飛影、だって貴方には経験がないでしょう?
誰かに愛を囁かれた事も、こうやって抱き締められた事も。
だから怖くて仕方ないのね。
でもどうか怯えないで。
私は貴方を傷つけたりしないから。


「もう、おやすみ。」


貴方が"この正体"をわかるまで、さぁ一緒に眠ろうか。



怯える

愛してるを教えて


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