リメイクver | ナノ




 ――何してんだろ、俺。

 膝を抱えて、校舎内に逃げ込んでしまった。今、田村さんを見たら、間違いなく田村さんをどうにかしてしまいそうだ。

 眼中に無いのなら、無理矢理にでも。

 頭を殴り付けるようにアイツは繰り返し唱える。俺の中に、もう一人別の人格がいることはもう俺だってわかる。だけど、考えたくない。
 そいつに田村さんをとられたくない。
 ……はは。とられるわけないか。俺達は、彼女の眼中にないのだから。


「こんにちはぁ」
「!?」


 気配を感じなかった。俺は姉ちゃんのせいで、人の気配に敏感だった筈なのに、彼女は煙の様に現れた。
 肩まで伸びたフワフワとした白い髪は、まるで彼女の雰囲気を現しているかのようで、彼女が浮かべる笑みには不快感を抱いてしまう。


「何か思い悩んでいるようですね。まるで、今しがた失恋でもしてしまったような……」
「ッ……」
「おや。何故分かった。いや、少し当たったのかって表情でしょうか。まぁ、そこらへんの基準は気にしません。何故こんな発言をしたかと言いますと、実は私、貴方が冷泉紫苑に言われた言葉を耳にしてしまったからなのです」


 教室の椅子に腰かける俺に、教卓にいた彼女がゆっくり、こちらに歩み寄ってくる。


「……で、諦めますか?」
「……あきらめたくない」
「おや。何で? 眼中に無い。それは望みがないとも言える。……これは絶望と言うのでしょうかねぇ」


 くすくすくす。アイツは笑い始める。何がおかしいんだ。何で、笑っているんだ。
 血が止まるほど握りしめた拳が机の上で震える。そんな俺の耳に、アイツは囁く。


「別に、田村沙弥だけが相手とはいいませんよ」
「!?」
「今回、貴方は体育祭で頑張った。その評価は正当なものになるでしょう。きっと、貴方を好む人も現れ始めますよ」


 そんな問題じゃないんだ。
 俺を好きでも、俺に近づいてくれる人なんていない。
 俺を、本当に愛してくれる人なんて……。


「貴方はお気づきですか? この学校には、田村沙弥以外にもバカがつくほどお節介な女の子がいるんですよ」
「えっ」


 顔を上げた時には、もう彼女は居なかった。
 田村さんみたいに優しい人が、いるわけないのに。何を言っているんだ。
 視線をそのまま机に移すと、また逆の方からドアが開く音がした。

 田村さんだと、心の何処かで期待していたのかもしれない。
 だけど、それは俺の願望で、そこにいたのは。


「平城君」
「……かい、ちょ」
「……立ち入り禁止の校舎に入って行くところが見えて、気になってしまって……」


 カツカツと俺に近寄り、阿守先輩は俺を抱き締めた。


「あ、え!? や、か、会長!?」
「あら、汗臭いですか?」
「そ、そうじゃなくて……!!」
「貴方がそんな顔をする姿は見たくない。こうしたら、どんな姿だろうと見ないですみますから」


 そう言って、彼女は俺の背中を撫でた。まるでこどもをあやしているみたいで、それが暖かくて……。


「う、うあ、ぁああああ、ぁあぁあああ……!!」


 だけど、嫌だった。
 見られたくない。
 田村さん以外に抱き締められたくないのに、嬉しい。
 俺は、結局誰でも良かったのか? 俺は、自分を見てくれて、愛してくれる人なら誰でもいいのか!?

 叫ぶように泣いた。
 会長は、最後まで俺を抱き締めて背中を撫でてくれた。
 それに、俺は甘えてしまった。
 田村さんを、裏切ってしまったんだ。